009_新入社員と魔法陣
アキニレは最後に「報連相は忘れずにね」と忠告すると、私とアセロラそれぞれに魔法陣のコピーを転送してくれた。私たちはそれを自分の魔導書に登録した。
やるべき事は分かった。
さて、ここからどうしたものか。タスクは以下の二つだ。
1.火球を三つから一つに減らす
2.火球の体積を倍にする
「どうしよっか?」とアセロラ。
「ええっと…」と私。
私は大学では絵を描く勉強ばかりしていた。呪文に関しては一般教養のレベルしかない。(魔法業界は常に人手不足なので、私のようなド素人でも新卒なら採用されやすい。もしかすると運動神経がよかったのも一因かもしれないが)
私は足りない頭をフル回転させた。ダンジョンでアキニレが魔法陣を改造した時の様子を思い出す。
アキニレは魔法陣を起動して〝編集モード〟に切り替えていた。そしたら魔法陣に記された呪文を追記、削除できるようになる筈だ。呪文の内容を書き換える事で魔法の効果や設定を変更できる。
「リン、編集モードに移行するためのパスワードを貰ってきたよ」
アセロラがアキニレからパスワードを聞いてきてくれた。
「ありがとう」
アキニレから貰った魔法陣は既に自分の魔導書に登録済みだ。私は魔導書の表紙を撫でると「ヴレア・ボール」と心の中で唱えて、魔法陣を起動してみる。
【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】
宙に真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。これを編集モードに移行して、パスワードを入力すると…。
魔法陣の前に半透明なウィンドウが現れた。そしてドバっと大量の呪文が表示される。モードの切り替えは成功みたい。これが全部【ヴレア・ボール】を使う為に必要な呪文なのか…。思ったよりも多いな。魔法陣の表面に記されていたのは氷山の一角だったようだ。
「これのどこを編集すればいいんだ…」と途方に暮れる私。
「思ったより複雑…かも」とアセロラも呟いた。
私たちは二人で顔を見合わせる。
やはり可愛い。推しのアイドルより可愛いかもしれない。
とか言ってる場合ではない。
「「とにかく呪文を理解しなきゃ」」
呪文は日常で用いる言語とは異なり、古代の文法・単語で構成されている。また地域や魔法の種類によって、独自ルールが使われている事が少なくない。だから人の作成した呪文を解読するのはなかなか骨の折れる作業なのだ。始めて見る外国語だと思ってくれていい。
私達は会社の本棚から呪文の用語辞典を引っ張り出してきた。学校にあるような分厚いやつだ。本棚の場所はアキニレから聞いた。
「ワークツリーで作成する魔法陣は呪文の規格を揃えてあるから、一度慣れちゃえば大丈夫だよ」
なんてアキニレは笑っていた。
だが私はかなり苦戦している。〝一度慣れる〟までの道のりが長そうだ。まず知らない単語を辞書で調べる。すると辞書の中にも知らない単語が出現、知らない単語が増える。最初に知りたかった単語の意味が理解できないまま、調査範囲だけが増えていく。そもそもイマイチ理解できない単語もあるし…。
――気が付くと既に二時間が経っていた。
どうしよう、嫌な汗が出る。一日使って半分も進んでいないし…これ終わらないかもしれない。私は人差し指でアセロラの腕をつついた。
「終わりそう…?」
「なかなか難しいかも…」
アセロラもやや顔色が悪い。
でも今はとにかくやるしかない。学生時代もギリギリで何とか間に合わせたレポートとかあったし…。アキニレの「報連相は忘れずにね」という言葉はすっかり頭から抜け落ちていた。