072_上手くやる
私達二人は息を呑む。ランチュウは未だ魔物化したまま。それでもメラメラと滾る殺気は失せているように感じた。スワローに続き、私も慎重に彼の元へと近づく。するとランチュウがポツリと呟いた。
「僕が六つの時ダ…父が起業しタ」
彼は横たわったまま青い空を見上げると、少し寂しそうに笑った。私達は彼の言葉の続きを待つ。
「父は従業員を家族のように扱っタ。決して無茶はせズ…少しずつ会社を大きくしタ」
「良いお父さんじゃないか…」
そう言ってスワローが「うんうん」と頷く。
「ああ、家族で大きなステーキを食べられるようになっタ。あれは美味かったナ」
ランチュウは途端に優しい表情となった。だが気持ちは分かるよ。私も幼少期に家族と過ごした思い出はとても大切なモノだ。大人になる程そう感じている。
「だが…」
彼の拳に力が籠り、先ほどまでの寂しげな表情に戻ってしまった。空を見上げていた顔もそっぽを向いてしまう。
「だが、父のやり方は駄目だっタ…」
「え?」
「父は裏切られタ…」
ランチュウの表情はより一層、悲痛に満ちたものとなる。周囲が静まり返っているせいで、その声はとても印象的な響きを持っていた。
「僕が十二の時、社員の一人が裏切っタ。機密情報の漏洩と横領…。そのダメージから回復することができず会社は潰れたのダ」
「で、でもお父さんが悪い訳じゃ…」
私の言葉に対し、ランチュウは静かに顔を横に振る。
「裏切った社員は以前から悪い噂がある奴だっタ。それなのに…父は一度として奴を疑わなかったのダ」
「そ、それは…」
「彼は『社員は家族だ』と周囲の忠告を無視したのダ。そして社員も家族も路頭に迷わせタ…」
ランチュウにそんな過去があったなんて勿論知らなかった。彼は自分の過去をペラペラと話すタイプではない。今腹を割って話すのは、私達を襲ったことへの罪悪感からだろうか。真実は分からない。が、私は疑問に思ったことを素直に訪ねる方がいいと判断した。
「だから『社会に味方はいなイ』って叫んでいたの?」
「それだけじゃなイ。どんどん連携が上手くなる君ら三人を見ていると…苛立ちが込み上げてきタ」
彼は少し躊躇い交じりに言葉を発する。
「苛立ち…?」
「どうして君らは互いに信じあえるのだろウ。社会では皆、敵なの二…」
やっと腑に落ちた。ランチュウがずっと苦しんでいたのはコレだったんだな。ここで彼に慰めの言葉をかけ、励ましてやることは簡単だ。もしくは当たり障りのない一般論で返答することもできる。
――でも、それは違うよな。
あのランチュウが正面から打ち明けてくれたのだ。私も正直に思っていることを返そう。「そうしなければと失礼だ」と思った。
「ランチュウ、それは違うよ」
私は彼に向けてキッパリと告げる。
「私はスワローもガスタも信用はしてないかな。そこまで好きじゃないし、仕事でなければ生涯つるむことのない人種だと思う」
それを聞いてスワローが「ええ!」っと悲鳴を上げた。
あ、ごめんなさい…。
そしてランチュウも驚いたように顔をこちらに向ける。
「じゃあ、どうしてあれ程まで二…!」
彼の声に再び力が籠る。こういう時、私が発するセリフは決まってコレだ。
「天才じゃないからだよ」
私の腐った笑顔にランチュウが首をかしげた。
「私は弱い人間で、一人じゃ何もできないことを知っている。だから企業という大きなダンジョンの前では共闘する。それが気に入らない相手だとしても」
「気に入らない相手…でモ」
こんなことを言っておいて何だが…私は今の仕事を「嫌だ」とは思わない。
ガスタもスワローも相性は最悪。でも…三人で息の合ったコンビネーションが取れた時は嬉しかった。ガスタと魔法陣をテストした時だってそうだ。彼と作り上げた魔法陣がお客様に届いたとき、お客様の笑顔に熱い気持ちが込みあげてきた。どれもガスタやスワロー、他の仲間達との協力がないと見られない景色だった。
だから私はランチュウに向けて「ニッ」と笑顔を作る。
「それを世間では〝上手くやる〟って言うらしいよ」
ランチュウは一瞬キョトンとした顔をしたが、私の笑顔につられて小さく微笑んだ。スワローは私の言葉を聞いてから謎にオドオドしていたが、私達が笑い出すと一緒にヘラヘラ笑い出した。(コイツは本当に単純で良い奴なのだろう…)
「おかしいな、〝その言葉〟はもっとドロドロしていると思っていタ」
それは私が始めて見たランチュウの笑顔だった。
ところが――
瞬間、彼は大きく痙攣を起こした。そして胸に手を当てると沼地をのたうち回る。その背中からはあのドス黒い魔力が再び漏れ始めていた。私とスワローは驚いて顔を見合わせる。
「ら、ランチュウ…!?」
私の呼びかけに対し、ランチュウは悲痛な声を上げる。
「逃げロ、魔力が…暴走していル!」