006_魔法陣の改造業務
「アキニレ君とリン君、ちょっといいですか?」
副団長が私たちに声を掛けた。
「どうしました?」とアキニレ。
「フリュウポーチの魔法【ヴレア・ボール_火球を放つ魔法】について、射程距離を一メートル伸ばせないでしょうか?」
「一メートルですか?」
「ええ、コウモリの魔物に攻撃が当たりにくいもので」
「分かりました、それくらいでしたらここで対応できます」
「助かります」
副団長はニコリとほほ笑んだ。やはりあのイカツい髭団長とは対照的である。アキニレは副団長と小さな打合せを行っている。
「ただし距離を伸ばすと火球の操作難易度は上がります。それでも大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
副団長はアキニレの警告を笑顔で快諾した。
私たちは一度荷物を置いて休憩する事となった。アキニレはフリュウポーチから魔導書を受け取る。彼女も新人冒険者だからか比較的新しい魔導書だ。副団長がクッキーをくれたので、それを齧りながらアキニレの仕事を見学していた。
「よいしょ、少々お待ちくださーい」
アキニレは魔導書を広げ、【ヴレア・ボール】の魔法陣が書き記されたページをパラパラとめくる。そして顎に手を置き、ぶつぶつと何かつぶやいていた。
「テストを含めて、ニ十分ほどお時間いただいてもよろしいでしょうか」とアキニレ。
「はい、お手数ですがよろしくお願いします」と副団長。
アキニレは【ヴレア・ボール】の保存されたページに手をかざす。
フリュウポーチが魔法を使った時と同様に、宙に真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。直径は四十センチ程で魔法を使うための呪文がびっしりと記されている。
「今から魔法陣を改造する。まずは魔法陣を編集モードに切り替えてと…」
どうやらアキニレは私に解説をしながら作業してくれるつもりのようだ。私も赤い魔法陣を覗き込む。
「魔法陣の編集モードって私、始めて見ます」
「開発者以外は基本見ないよね、開発者以外がいじれないようにパスワードでロックしてあるし」
そういってアキニレは魔法陣にパスワードを入力した。モードを切り替えても、大きく見た目は変化しない。ただし魔法陣の手前に四角のウィンドウが立ち上がり、魔法陣に使われている呪文や図形がずらりと一覧で表示された。
アキニレはそれを指でなぞるようにして呪文の記載を追加したり、削除したりしている。
私は出来る限り観察するよう努めた。が、終始何をしているのか分からなかった。一から十まで分からなかったので、何を質問すべきかすら分からない…。
「よし、こんなものか」
十五分後、アキニレは再度魔法を発動して見せた。
「ヴレア・ボール」
赤い火球が三つ、アキニレの手元に生成される。そしてアキニレの指示にあわせて順番にダンジョン後方に飛んで行った。確かにフリュウポーチが使っていた時と比べて遠くまで飛んだように見える。
「ダンジョンから戻ったらデグレがないかも含めてちゃんとテストしよう。でも一先ずはこんなものかなー」
アキニレは副団長とフリュウポーチを呼びに行った。
コーヒーブレイクを取っていた二人にアキニレは魔法陣の説明をしている。話の内容の全部を理解できた訳ではない。が、理解できた限りだと以下のような事を話していた、はず。
1.火球を飛ばす強さを大きくしたこと
2.火球を飛ばす際に球にかける回転を大きくし、遠くまで球状を維持できるようしたこと
3.上記改善により、火球の操作難易度が上がっていること
4.威力の調整や前バージョンへの復帰はすぐに可能なこと
その後も探索は続いた。フリュウポーチはアキニレのアップデートがお気に召したようだ。【ヴレア・ボール】を連発している。
――探索開始から二時間くらい歩いただろうか。
やがて開けた空間に出た。競技場のような円形空間で、上を見上げるとドーム状の天井がついている。地面から天井まではかなり高い、二十メートルはありそうだ…。
「うわ、なんだあれ…」
思わず声が漏れた…大きなゴーレムが仁王立ちをしている。
人型で高さは五メートルくらいだろうか。全身が金属で覆われており、特に腕が太い。あの腕一本だけで牛や馬の何頭分もの重さがありそうだ。
ゴーレムに対しフリュウポーチが静かに近づく。するとギシギシと音を立てながらゴーレムが起動した。一つしかない瞳に赤い光が灯る。
「中ボス個体…か」
フリュウポーチは気だるげな声を出すと魔法陣を起動した。
「ヴレア・ボールッ」
彼女は巨大な魔物に向けて【ヴレア・ボール】を放つ。しかしゴーレムはびくともしない。彼女は小さくため息を吐いた。
「金属製のセキュア・ゴーレムですか。ボディの強度が厄介ですね」
副団長はそう呟き、今日初めて腰の双剣を抜いた。