アキニレの魔法
「水滴石穿…アトラスOSの冒険者に必要なのは才能ではなく、時間の積み重ねですわ」
ネイルは巨大なドラゴンと戦っていたはずでは…? 振り返ると、あんなに暴れていた赤竜長男が地に伏していた。
そこには先ほどまでの余裕はなく、立ち上がろうとしたところに、次の水柱が落ちる。円柱の体積は最初の四倍近い大きさになっていた。
「ラスボス前に魔力は温存しておきたかったのだけれど…ウォータンピラー」
最初の水柱も相当な魔力を消費するはずだ。そして体積を増やすほど、魔力の消費は大きく、操作も難しくなるものだ。魔力の扱いが圧倒的に上手いのだろうか。魔法陣の魔力効率もいいのかもしれん。少なくとも〝ちょっと要領が良い〟だけでは辿り着けない域に彼女はいた。
「これでフィニッシュですわ」
巨大な柱がドラゴンを吹き飛ばす。彼女は傘をさすと、降り注ぐ返り血と、自身の水魔法に背を向けた。その所作には気品すら感じることができる。
「ガァアア!」
【ヴレア・ブレス_火息吹を放つ魔法】
そしてアキニレ…赤竜次男は大きく吠えると、特大ブレスを吐いた。先ほどより炎が大きい。
「この魔法かな…ウェザーヴェイン」
【ウェザーヴェイン_風見鶏になる魔法】
彼の身体が薄くなり、緩やかに回転したように見えた。炎の息吹はアキニレを素通りし…後方の岩を焦がす。
「俺には当たらないよ」
「ガァアア!」
しかし、続けて竜の瞳が輝きを放つ。
【ヴレア・ワーブル_火の渦巻きを放つ魔法】
今度は炎の渦だ。さっきまでの放射攻撃ではなく、ねじ込む様に炎が渦巻いていた。アキニレがブレス攻撃を横向きにいなしたため、それを対策している。しかし彼も二枚目の魔法陣を起動。緑色のそれが輝きを増した。
「なら、こっちだ。ラウンドリー」
【ラウンドリー_洗濯物になる魔法】
今度は上下の動きを活かし、攻撃をいなす。しかし赤竜に焦る素振りはない。そういえばこの魔物、ここまで一度も追撃を行っていない。そしてアキニレもカウンターでドラゴンの隙をつくようなことはしなかった。攻撃する赤流と回避するアキニレ…双方は互いの魔法を確かめ合うかのように、順番に技を開示していく。両者の間に作られる雰囲気は他の戦いとは少し違っていた。それは戦いであると同時に、会話の陽にも思える。この二人、純粋に魔法が好きなんだ。
――なんじゃこりゃ。
と思いつつ、解釈一致でもあった。アキニレには敵味方関係なく包み込むような優しさがある。彼の一貫した部分は、本当に頼もしく思えた。だがしかしこの充実した時間は、突然終わりを迎える。
「グルル…」
喉を鳴らす音が響いた。その場にいた全員が視線を祭壇の頂点へと向ける。炎上飛竜ヴレア・ドラゴシス…このダンジョンのボスモンスターが目を覚まそうとしていた。この魔物を見上げる赤竜次男の目は怯えているようにも見える。他の下級ドラゴン達にも緊張が走っていた。
そしてゆっくりとドラゴシスの瞼が持ち上がる。魔物は大きな欠伸をこぼすと、ゆったりと周囲の状況を確認した。既に二体の幹部赤竜は敗れている。故にボスモンスターの視線は赤竜次男へと動く。
「ガァア…」
ドスの効いた、チェストボイス。ドラゴンの言葉が分からない私達にもそれが〝脅し〟であるとハッキリ理解できた。赤竜次男はアキニレに視線を戻す…そして諦めたように最後の魔法を発動した。
「ギャァオオオ!」
【ドラン・ヴレア・ボール_竜式・火球を放つ魔法】
炎の息吹は渦を巻くだけに留まらず、巨大な球体へと姿を変えた。荒れ狂う炎が強引に押し込められており、そのエネルギーの大きさを物語っている。そして巨大な火球がアキニレへと放たれた。ベテラン冒険者でも、この魔法に対処できる人間は何割いるだろうか。
しかも今度の赤竜の動きはこれだけではない。次男は火球に追従する形で、彼に襲い掛かる。鋭い爪が太陽を反射。魔法対決を捨て去った赤竜…私は思わず声を上げた。
「アキニレ!」
「上司は怖いよね…でも君の魔法の方が、俺にとっては驚異だった。ウィンディンチャイム」
【ウィンディンチャイム_風鈴になる魔法】
アキニレの身体が蜃気楼のように歪む。巨大な火球はアキニレの衣服を焦がすが、本人は辛うじて攻撃を回避。そして爪による攻撃も彼を捉えることはできない。魔法陣か発される〝水滴が響くような音〟が敵の感覚を乱している。
そしてアキニレは全ての攻撃に対処してみせた。実に洗練された魔法陣。これが職人――アキニレの本気である。赤竜次男は唸り声を上げると、頭を抱えてしまった。それはボスモンスターへの恐怖か、アキニレの魔法に敗北したことへの悔しさか。あるいは魔法への誇りを裏切ったことへかもしれない。
「君の次回作に期待しているよ」
アキニレが赤竜次男にかける言葉は、普段、私達に接するそれと全く同じように思えた。




