パティシエ・アイドル・冒険者
唐突な鬼人の特攻は、失敗に終わったように見えた。だが今日の相棒――ユニは天才格闘家である。彼女はここで連携するだけの度胸と戦術眼を持ち合わせていた。それこそがレードルの真の狙いでもある。そしてアトラスの舌打ち。
「あのアイドル野郎は、どこに行った!?」
一瞬の隙を付き、ユニが敵の懐へと入る。肩を入れて、アトラスのバランスを崩すと、力強く利き足を踏み込んだ。彼は咄嗟に防御を取ろうとするが、利き足を取られ、踏ん張りが利かない。アイドルの狙いには最初から気が付いていた。だがそれでもレードルの攻撃をさばく際、ユニへ意識を割く余裕はなかった。
「脱兎の一撃!」
≪脱兎の一撃_ユニ式の変則膝蹴り≫
ユニの必殺技がアトラスの鳩尾へ突き刺さる。いくら相手が伝説であろうと人間なのだ。急所は存在する。警戒こそ解かないが、彼女は自分達の優位を確信していた。ところが――
「なるほど、確かに素晴らしい威力だな」
――効いて…いない!?
アトラスはダメージこそ受けているが、その仁王立ちは崩れない。ユニは咄嗟に距離を取ろうとするが、先手を取ったのは奴だ。聖剣の柄頭がユニの頭部を殴打。そして彼女のお株を奪うミドルキックは、ユニを岩の壁に叩きつけた。
「な、なん、で…」
ユニの途切れ途切れの言葉に、アトラスは自身のコートをめくる。衣服の内側には、黒鉄色の鎧のようなものが鈍く輝きを放っている。彼がそれに触れると、鎧もどきはバラバラに砕け散った。
「土属性の魔法で即席の鎧を生成した。君の蹴りは多彩…だが切断魔法を見せれば、コンパクトな膝蹴りをフィニッシュにすると予想したのだ」
アトラスの答えに対して、今度はレードルが口を開く。
「大前提として何故、彼女の戦闘スタイルを把握していたのですか?」
「ラハハ、調べたからに決まっている。ユニだけじゃない。吾輩はこのダンジョンに引き込む者達のデータを、予め集め、弱点を把握している。君のようなイレギュラーも存在するが…ユニとの戦闘はシミュレーション済みなのだよ」
「炎上飛竜の儀は参加者だけでも、三百人近くいたはずですが…」
ユニもレードルも呆気に取られていた。アトラスのやり方は、想像より遥かに泥臭さく、要領の悪い方法に思える。しかしこれこそが伝説の冒険者の本質なのかもしれない。
「吾輩は才能を嫌う」
「…?」
「格闘センスに恵まれ、かつアイドルとして成功したトップスターには分かるまい」
アトラスはユニの言葉を待たずに、鬼人――レードルへと向き直る。
「そしてより罪深いのは、才能を自覚した上で…活かそうとしない者である」
「自分に才能がある…などと思ったことはありませんよ?」
「鬼人…君たちは個体数が少ないが、生まれながらに圧倒的な筋力、戦闘力を有している。人の身からすれば、鬼人は才能の塊だ。君ほどの逸材が戦闘職に就けば、吾輩の耳に入らない筈がない」
聖剣の切っ先がレードルの方へと向けられる。そして黄金の魔法陣がその輝きを強くした。
「さて、君の仕事はなんだね?」
「パティシエです。あと最近はパン屋でアルバイトを…」
「想像の十倍、ゴキゲンな仕事だな。パティシエで鬼人の何が活かせる?」
「何だって活かせますよ」
いくら鬼人と言えど、正攻法で聖剣を攻略することは不可能。ユニが戦闘に復帰できない今、勝敗は決していた。それでもレードルは折れた刀をアトラスへ向ける。そして剣を持つ手を弓のように引いた。このコンパクトな構えは〝突き〟だ。鬼人は最速の一撃に全てをかける。
「これだから才能は嫌いなのだ」
才ある者に共通し、最も厄介な力は強靭な肉体でも、頭の回転でもない。障害を前に折れないメンタルだ。この男は未だに聖剣を攻略する方法を模索し続けている。鬼人の目はまだ死んではいない。こんな男なら、本当に鬼人としての経験をパティシエに活かしてしまうのだろう。アトラスはこれまで幾度もそんな者達と出会い、畏敬し…そして憎んできた。
刹那、レードルは勢いよく踏み込む。伝説の冒険者の瞳に映るのは、巨大で凶悪な一体の鬼。そして両者の一騎打ち。刃と刃がかち合い、金属音が爆ぜる。肌を裂くような衝撃が、ユニの元まで走った。そして荒野には沈黙が戻る。




