ニアミス
とある魔力の残滓_七月十三日(日)
荒野に佇む男が一人、世界樹の青窓の幹部〝武威の紅核〟にして、伝説の冒険者――アトラス・グランスター。自警団に目を付けられた彼は、この大規模実験に全てをかけていた。表の顔を捨て、このダンジョン内の人間全てを魔物化する。そしてその軍事力をもって自身の理想郷を形にする。
「コフィ、手筈通りに頼んだぞ」
「仰せのままに…」
部下の悪魔――コフィ・カフィンは影の中へと消えていった。現時点での彼らの役割は一つ。有力な冒険者を潰して回ること。
既に魔物化の準備は整っており、ダンジョンに取り込んだ人間達が魔物化するのは時間の問題。唯一の懸念は、ボスモンスターが討伐され、参加者達がダンジョンから脱出してしまうことだった。故に強力な者から順番に狩る。主なターゲットは〝炎上飛竜の儀〟の優勝候補である新人冒険者五名と、応援やサポートをする予定だったベテラン冒険者たちだ。
――そして楽師のリン・ツインラ。
楽師とは、世界樹の青窓が必要とする情報を代打で集める存在。今回は「社会に出て間もない若者の感情データ」が必要なため、彼女が司祭プラナリによって選ばれた。要するに青窓が保護し、丁重に扱うべき存在だ。これまでの楽師もそうしてきた。
だがリン・ツインラは〝武威の紅核〟にとって疫病神である。彼の生み出した魔物はその殆どが彼女と仲間達によって討たれ、最終的にアトラス自身の表の立場すら破壊されている。
――もはや「運命的に相性が悪い」としか言いようがない。
リン・ツインラは消す。楽師ならまた探させればよい。教皇には事故と説明する。こうして彼らはダンジョン内の各エリアを巡回していた。
オアトラスはアシスの回復スポットへ到着。食料として蛇を確保しておきたいが、それをすると周囲のドラゴンから目をつけられる。一通り探索を行ってからにすべきだ。
「ここを抜けると、廃村エリアか…」
この道中では雑魚冒険者しか潰していない。そろそろターゲットを見つけておきたいところだ。望遠魔法を使用したアトラス、すると男の口角が静かに持ち上がる。
――いた。
リン・ツインラだ。一緒にいるのはドワーフだろうか。まさに絨毯で移動しようとしているが、ここを逃す手はない。彼は魔法陣を起動すると、その照準を楽師へと定める。
「苦しめるつもりはない。一瞬で終わるさ」
ところが彼が魔力を流そうとした瞬間、聖剣が大きく反応した。
――上方から…溢れんばかりの殺気。
彼が聖剣を振り上げると、黄金の刀身が〝何か〟を受け止める。アトラスですら押し込まれうる強力無比な一撃。彼は両手で敵を弾き返すと、後方に剣を構えた。このダンジョンで、自分と互角以上のパワーを持つ冒険者は限られている。ガーゴファミリーのシュラウ、もしくはアトラスOSに所属し、今回の優勝候補であるタングス。しかし、目の前にいた者はそのどちらでもない。
「君は…何者だ?」
男は一振りの刀を装備していた。吹き付ける風が、彼のエプロンの裾をなびかせており、額には特徴的な二本のツノ。
「名乗るほどの者ではありません。リン君のただの友人ですよ」
男は物腰が柔らだが、内側から濃密な殺気を漂わせている。この相反する二つの特徴が、鬼人の強さを証明していた。巻き込んだギャラリーの中に、このような強者がいようとは。しかもコイツも「楽師の友人」とかのたまっている。しかもアトラスにとって予想外の出来事がもう一つ…鬼人の後ろからもう一人の猛者が飛び出してきた。
「で、アタシはリンちゃんのただの推しで~す♪」
アイドルのユニ…か。「桃色ウサギとキングスライムの融合体、最強格闘アイドル」などとイカレた異名を自身につけているが、その実力は本物。コイツには死神安置デッドロックを潰されている。彼女は利き足を半歩後ろに下げ、身体を斜めにして、静かに構えを取った。格闘家特有の闘志が漲っている。強力な二人を一度に相手すべき状況、ところがアトラスは小さくほくそ笑んでみせた。
「ラハハ、これは奇妙な縁だな」
「なにがです? 残念ながら頼まれたって、サインはしませんよ♪」
「いらんよ、トップスターに鬼人…どちらも吾輩の嫌いな人種なのだからな」




