278_ドワーフ娘のルーツ
あの時のマンタ社長の話は実に印象的だった。そうだ、緊張している時は相手を見るのだ。私はコンパクトに振り向くと、後方のドラゴンを視界に入れた。敵の巨大な頭がこちらに向かって迫ってくる。
「無理! やっぱ怖すぎる!!」
ドラゴンの皮膚は淡く渋い緑色をしており、基本的に二本の後ろ足で立っている。前足も時々使っているが、バランスを取る程度。私が廃家から飛び降りると、魔物は一歩遅れて、天井を破壊した。さっきと同じパターンだ。
――でもドラゴンの奴、そんなに速くは…ない?
いや、それだと語弊がある。厳密には縦の動きに弱いのかもしれない。私達が天井に登り、三次元的な要素が加わると、途端にドラゴンの俊敏性が落ちる。そういえば、田舎のトカゲもそうだったかも。
「ラコルン! コイツ、上下の動きに弱い!」
「っす!!!」
叫んだ瞬間、彼女は飛び上がった。遠心力で鉄槌を振り回し、竜の顔に巨大な鉄塊が叩き込む。ところが――
「無傷? いや、結界だ!?」
ドラゴンが首を振ると、ラコルンはよろめきながら着地した。そんな彼女の右腕も震えている。そして頭上には緑竜の影が落ちた。
――マズイ!
「ガァアアア!」
【ヴレア・ブレス_火息を放つ魔法】
私はラコルンに駆け寄ると、すぐに球状結界を張った。対するは竜を象徴する、火炎の息吹。結界が炎に包まれた。クソ、ただ火を吹いているだけなのに、魔力の密度が違う。周囲の空気が炎に巻かれ、呼吸をするのもはばかられるような熱量。
「熱っ……」
辛うじて耐えたが…次はないかもしれない。
「ラコルン、立てる?」
「自分はお荷物っす…先に行ってほしいっす」
今そんなこと言ってる場合じゃないって。彼女はやや気持ちの上がり下がりが激しい。だがラコルンがネガティブなのは、眼前のドラゴンだけが理由じゃなかった。
「もしかして…足……」
彼女は無言のままうなづく。マジか。どうする、このままじゃ――
ドゴオン!!!
直後、遠くで巨大な爆発音がした。何の音かは全く分からないが、他の場所でも誰かが戦っている。ドラゴンがそちらに気を取られている内に、私達は廃家の中に身を隠した。
「ドラゴンの奴、まだ私達を探しているみたい…」
かなり絶望的な状況、見つかるのは時間の問題だ。ラコルンは応急処置を済ませると、大きくため息を吐いた。
「こういう時に思い出すのって、結局は親のことなんすねえ…」
「ラコルンの親は…どんな人だったの?」
ラコルンの気分を切り替えるためにも、私は談笑を返す。ちなみに前から彼女は親や地元に渋い顔をする印象があった。
「親…を含めて地元の雰囲気が合わなかったっす。ドワーフの里は良く言えば職人の聖地。ただ上下関係は厳しいし、パワハラは日常茶飯事…そしてなにより、皆がそれを正しいと思ってる。そうじゃなきゃ、良いモノは作れないって…」
「な、なるほど…」
言わんとしていることは分かる。職人の世界は風通しが良いとは言えないところも多い。私が絵を学んでいた時もそうだった。
「それが嫌で都会に出て…モス師匠のデザインと、イーブンな姿勢に憧れたっす」
「ほお…」
「毎日、里の皆を見返してやるって頑張ってきたんすけど、でも、それと同じくらい自信もなくて…自分の身体も精神も全部ドワーフの里がベースになってて、師匠とは全然違うなって」
「そういうもの?」
「仕事している時も、師匠の考えは理解できないものばかりっす。それに戦闘で追い詰められた時、最後に頼るのはドワーフの技ばかりだし」
そういえば初めて会った時、ラコルンとモスは揉めていたな。それとラコルンの言う技とは、あの遠心力を利用した〝グルグルアタック〟みたいなやつだろう。自身を駒のように回転させており、とても強力だったのを覚えている。
「技に良し悪しはないって。それはもう立派なラコルンの財産だよ!」
これは盗賊――アロエスの受け売りである。
「でもそれも、ドラゴンやネイル氏には効かなかったっす…」
「そ、そりゃあ、ラコルンはデザイナーで戦闘職じゃないし…」
とか言ってみるが、ラコルンは落ち込んだままだ。ドワーフは物作りの一族だが、製造した道具を使いこなす点においても、大きな誇りを抱いている。強靭な肉体も相まって、「戦闘職じゃないから弱くてもいい」という理屈は通じないらしい。「贅沢な奴らめ…」とか「ちょっと面倒くさいな…」とか、今は思っちゃいかん。
それにラコルンがすごい奴なのは間違いない。デザイナーとして、フリュウポーチにピッタリな魔法を提案してみせたし、モノ作りへの情熱を持っている。そして戦闘力も高くて、一族の技もちゃんと引き継いでいる。それをそのまま伝えるしかないと思った。
「ラコルンなら良いデザイナーになれると思うよ」
「でも、それは…」
「だって、良い材料を沢山持っているから」
「材料…っすか?」
「うん、確かに今、ラコルンが持っているものは、貴方が欲しいものではないのかもしれない」
「っす…」
「でもラコルンは〝モノ作り〟の人なんだから、使わないモノは材料にしちゃえばいいよ。ドワーフの才能を材料にして、デザイナーの形を作ればいい」
ラコルンは小さく肩を落としていたが、驚いたように顔を上げた。その表情はプラスでもマイナスでもなく、戸惑いに近いと思う。
「な、なにを言って…そもそもドワーフの製造業と、デザイナーでは求められるものが全然違うっすし」
「私が証明する。あのドラゴンを使って」
――どうせ普通にやっても勝てないのだ。一か八かに賭けてみようではないか。




