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やりがい

リンの日記_四月五日(金)


 再度ダンジョンへ。

 前回倒した魔物も軒並み復活しているようだ。しかしガーゴファミリーの三人は次々に魔物を倒して進んでいく。

 そしてあっという間に、中ボス個体の円形広場についた。中央に例のゴーレムが仁王立ちしている。フリュウポーチが近づくとゴーレムの隻眼に赤く光が灯った。ゴーレムとの二度目の戦闘が始まる。

 フリュウポーチはすぐに魔導書を取り出した。赤い魔法陣が宙に浮かび上がる。対するゴーレムは右腕を大きく振り上げ、攻撃態勢に入った。


 ドゴォオオオン!


 巨大な右腕が地面へと叩きつけられた。フリュウポーチはそれを軽やかにかわす。大剣を背負ったまま、猫のようにしなやかな動きだ。流石は獣人である。


「甘い…な」


 ゴーレムはすぐに体制を整えようとする。しかしフリュウポーチはその隙を見逃さない。彼女は勢いよく飛び上がり、五メートルはある魔物の顔の高さまで到達。ゴーレムの顔面めがけて魔法を発動した。奴は右手を振りかざした直後…満足に動くことは不可能だ。


「メガ・ヴレア・ボール…」


【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】


 体積二倍の火球がゴーレムを襲う。魔物は大きくのけ反り、そのままバランスを崩した。金属の巨体、それが今度は仰向けに倒れ込もうとしている! 副団長はゴーレムの落下地点で、双剣を構えていた。


「ポーチ、素晴らしい仕事です」


 前回のポーチ同様、今度は副団長がトドメを刺した。実にあっけない幕切れである。前回と比較しても、半分以下の時間で魔物を仕留めてしまった。フリュウポーチは魔法陣を魔導書に戻すと、肩についた砂埃をはたく。まるで散歩から戻ってきたような足取り。私が唖然としていると、彼女の人差し指が私の肩をつつく。


 ――え、私に用?


「良い仕事だった…魔法陣」


「んえ!?」


 私は驚いて彼女の方を見た。互いの目を見て話すのは初めてだろう。お互いあまり社交的なタイプじゃないし。だからこそ、その一言は貴重なモノだ。


「い、いえ、私は大した事は…」

 

だがその言葉は今の私が受け取っていいものではない。私は殆ど何もしておらず、全部アキニレだから。私はどうすればよいか分からず、内心で激しくパニックを起こしていた。だが謙遜しようとしたらアキニレに制された。


「お客様に謙遜はナシだ」


 ――そ、そうか…そうだよな。


「あ、ありがとうございます」


 私はフリュウポーチに頭を下げ、その後アキニレにもお礼を言った。彼らが去った後も私は暫くその場に立ち尽くしている。それは役立たずの自分を嘆いてのものではない。


「正直、こんな形でも嬉しかった」


 私は先輩の足を引っ張っただけだ。それは重々承知である。それでもお客様の満足そうな顔を見た時、思わず胸が熱くなった。緊張と不安で凝り固まっていた心が、お風呂みたいに暖かくなるのを感じている。この感覚は少し懐かしい。

 学生時代、私は芸術家になるべく、ずっと絵を描いていた。学校で絵を勉強しており、自分の絵を売って小遣いにもした。「売る」といっても小さな規模。売る場所は田舎の集会場である。冬になると夕日を描いたし、夏になると祖母の野菜を描いた。買ってくれるのは小さい頃からお世話になっているご近所さんだ(小さな田舎だったし)。でもお客様、マダム達の言葉は大切だった。「リンには世界がこんな風に見えているのね?」って言ってくれて…何かが伝わったようなきがしたのだ。私は口下手だ。


 ――そんな私にとって、絵は自分を理解してもらう言葉だった。


 結果私は絵を仕事にすることは叶わず、魔法道具のエンジニアになった。覚悟を決めて都会に来たはずだが…それでも仕事は不安なものだ。私は学校で魔法を研究した経験もない。こんな私が踏み込んでよい世界なのか…。内定を貰ってから何度も考えていた。


「でもこれは…今までモノ作りの延長線にあるの、かも」


 フリュウポーチの言葉でそれを実感することができた。きっと今の私にとって、これ以上はないはずだ。私、この場所で頑張ってみよう。私は密かに覚悟を固め直していた。

 一方、セキュア・ゴーレムのドロップアイテムを全て回収すると、ガーゴファミリーの面々は背負っていた荷物を下ろした。改めて副団長が今回の目的を確認する。


「今回の目的は〝隠しエリア〟の探索です。一旦進むのはここまでとして、隠しエリアの探索を行います」


 ガーゴファミリーの面々はそれぞれの方向に散った。フリュウポーチは少し先を偵察に行く。獣人の危機察知能力は人間とは比べものにならないそうだ。やっぱり彼女はすごいなあ。


「隠しエリア探索か…私にも出来る仕事があるのかな」


 ここは危険なダンジョンである。個人的に「新人はでしゃばらず、迷惑をかけない事に徹するべき!」とは思うのだけど。私は副団長からもらったクッキーをかじりつつ、今後の探索に思いを馳せていた。ところが――


「二時の方向ぉおおっ!!!!」


 次の瞬間、中堅冒険者――バーナが叫んだ。緊急事態を知らせる怒号が響き渡る。


 ズガンッッッ!


 彼が装備した大盾が〝何か〟を防いだ。私は慌てて周囲を見渡す。アキニレが指さした方向、ドームの壁に穴が空いていた。地面から十メートル程の高さだろうか。そこに複数の魔物が集まっている。再度バーナが叫ぶ。


「ゴブリンだ!」


 穴からゴブリンの群れが侵入していた。いや、それだけじゃない。ゴブリンの後ろに大きな影が見えた。

 

 ―――オークだ。

 

 豚亜人ことオーク。ゴリラのような肩幅で人間より二回りは大きい体格の魔物。濁った緑色の肌に思わず鳥肌が立つ。奴らは腕に武器のようなものを握りしめていた。副団長がすぐにオーク目掛けて突っ込んでいく。それを察した魔物共は次々と飛び道具を出した。


「投石が来るぞぉおおお!」


 再度バーナが叫ぶ。オークが瓦礫を掴んで振りかぶった。


 ――うおおおおおおっ、やっべ!


 私はバーナの構える大盾の後ろに滑り込んだ。盾に瓦礫が激突する。大砲のような振動がこちらまで伝わってきた。オークは一体じゃない。遠目からじゃ分からないが二、三体はいる。ゴブリンたちも革に紐が付いた何かを振り回している。投石機のつもりだろうか。そして再び大量の瓦礫が降り注ぐ! 瓦礫の量が桁違いだ!! さっきより増えているっ!!!


「気を付けろぉお! 瓦礫の他に爆弾も混じってる!!!」


 バーナの叫び声、確かに爆竹のような炸裂音がする。オークやゴブリンに爆弾を作る脳があるとも思えない。他の冒険者から盗んだものだろう。作れないけど、使いはするのだ。本当に無茶苦茶な奴ら。私は大盾の後ろで丸くなった。しかし顔を上げた直後、視界にアキニレの姿が映る。


 ――まずい、アキニレが無防備だ。


 副団長はオークの対処で手一杯、バーナもすぐには動けない。アキニレはすぐに結界魔法を唱えた。オレンジ色の球状結界が現れる。私がよく使う結界と同じタイプのもの。アキニレの張った結界は投石全てを受け止めた。


 ――よし、大丈夫か…!?


 しかしバーナがまた何かを叫んでいる。


「上だァあああ!!!」


 ドゴォオオオ!


 大きな破裂音と共に大量の砂が降り注いだ。オークの投げた爆弾が天井付近で暴発したらしい。天井がミシミシと不快な音を立てる。私は嫌な胸騒ぎがした。直後、天井を支えていた巨大な石柱が、真っ逆さまに落ちた。場所は――


「アキニレの…真上」

 

 彼個人の結界で防げるレベルじゃない。私は慌ててアキニレの上に結界を張ろうとした。しかし間に合わない。そもそも私一人が加勢しても無駄だ。それでも私は結界魔法を詠唱した。それしか思いつかなかった。だってアキニレは昨日言ってくれた。


「大丈夫、次は期待しているよ」


 人の気持ちを汲んでくれる先輩なんだ。そういう人を格好いいと思う。だから私は必死だった。とにかく呪文の続きを叫んでいた。

 

 ドォオオオオオオ!

 

 低く長い轟音、後頭部を殴られたみたいに頭がクワンクワンしているし、鼓膜も壊れたかもしれない。砂煙が上がり視界は完全に遮られた。私は怖くなってギュッと目を閉じる。どれくらいの時間が経ったのだろうか。風が止んだのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。




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