上司のアキニレ
アキニレは開発ルームで別の事務作業を行っていた。机の上には財布が置かれている。これからお昼ご飯に行くところだったのだろうか。だとしたら更に申し訳ない。
「お忙しいところすみません。魔法陣が分からなくて…」
アキニレはちょっと困ったように微笑んだ。
「やっと来たな新人二人。報連相がだいぶ遅いぞー」
「あ、えっと…すみません…」
そっちを指摘されると思わず、私は思わず口ごもってしまった。
「リンとアセロラがちゃんと頑張っていたのは分かっている。ただ進捗報告はもう少し頻度を増やしてほしいな」
「すみません、先輩の迷惑になるかもと思ってしまって…」
私は咄嗟に言い訳を口に出してしまった。それでもアキニレは昨日までと同じ落ち着いたテンションで淡々と言葉を続けていく。私にとってそれは大変にありがたい事だった。
「気持ちは分かるよ。俺も新人の時はそうだった。でも今の君たちは〝出来ない状態〟で問題ないのだよ。会社だってリンやアセロラが魔法道具の制作経験がない事を分かった上で雇っているだろう? だからそれを教えるのは先輩の仕事だし、頼ることをネガティブに捉える必要はないかな」
「あ、ありがとうございます」
「そして最優先にすべきはお客様との約束だ。それを守るために動いてほしい」
言われてみればそうだ。何で気がつかなかったのだろう。私達は改めて謝罪の言葉を口にした。
「すみません、考えられてなかったです」
私達の反省を聞くと、彼は黙って首を縦にふった。そして少しだけ口角を上げる。
「でも今回は本当に気に病む必要はないんだ。この依頼は少し〝意地悪〟だったからね~」
「意地悪…ですか?」
彼の言葉に首を傾げる。
「この依頼は期限がかなり短いから、今の二人に間に合わないのは分かってたよ。ただ魔法陣に触れるいい機会だったから、二人にお願いしたのさ」
「な、なるほど…」
「報連相の練習にもなると思ったしね~」
そういってアキニレは「フフフ」と笑みを浮かべる。私は顔が熱くなるのを感じ、肩をすくめて改めて「すみません…」と呟いた。アキニレは既にヘラヘラ笑っている。
「この件は俺が引き継ぐよ」
「すみません、その…間に合いそうでしょうか」
アセロラの質問に対して、アキニレは実にあっさりと返答する。
「ああ、俺がやれば一瞬だよ。似たような依頼は何度も引き受けてるからね」
私達が中途半端に改造した魔法陣――これをアキニレに手渡した。彼は私達の魔法陣を確認する顎に手を置く。呪文をチェックする姿は、いつもマイペースなアキニレではない。まさに職人の顔だ。何を考えているのだろうか。私達は彼が喋り出すのを待っていた。この短い沈黙は、学校で教授にレポートを見てもらう時と似ている。無論、私は得意ではない。アキニレは私達の魔法陣を自身の魔導書に登録し直した。
「途中まではよくできているね」
「本当ですか?」
「ああ、変数やファイルの名前も分かりやすいし、シンプルにまとまっているよ」
「「ありがとうございます…!」」
だがその辺りは主にアセロラの手柄だ。いや、私の担当した部分もあるとは思うけど…。とにかく後で彼女にもお礼を言わなければ…。
「そろそろお昼休憩にしよう。最後に何か質問はあるかい?」
あ、そういえば【火球を放つ魔法】が失敗する原因が分かってない。私達はアキニレから依頼事項のうち、火球の数を三つから一つに変更する事は成功した。しかし火球の体積を倍に出来なかった。体積を大きく設定すると、魔法が不発するのだ。
「ちなみに私たちの魔法が失敗した理由って…アキニレには分かりますか?」
「フフフ、分かるよ。ただリンも分かるかも」
私名指し!? 全然思い当たる節がない。まごついているとアキニレが人差し指を立てた。
「一緒にダンジョンに行った時、俺が魔法陣を改造しただろ?」
「そうですね…」
「あの時、俺は『火球の射程距離を伸ばしてほしい』と頼まれた」
「はい、そうですね…」
それが今回の問題と関係があるのだろうか? まだピンとこない私に対して、アキニレは粗にヒントを提供してくれた。
「僕が大まかにどんな改造をしたか覚えてるかい?」
えっと、何だっけ…確かこの日記に書いたな。私は慌てて四月二日の日記を思い出そうとした。確か〝火球を飛ばす力の強化〟と…〝火球にかける回転の強化〟とか書いた気がする。
「火球を強く飛ばして、回転も強くして…みたいな感じかなーと…」
「そう正解!」
アキニレは嬉しそうに答えると人差し指をピンと立てた。
「大事なのは後半部分さ、つまりこの魔法は炎を生成した後で、回転をかけて球状にしているんだ」
「回転…?」
「ここまでで分からない?」
私、ではなくアセロラが「あっ」と声を上げた。
「炎を大きくしたら、回転する力も大きくしないと球状にならない…とか?」
「そう、それが正解。だから残りのタスクは適切な回転速度を割り出す事と、実際に魔法陣を完成させること。そして完成した魔法陣をテストする事の三ステップだ」
お、思ったよりもやる事が多そうである。これは私とアセロラがどんなに頑張っても終わらなかっただろう。というかアキニレは終わるのだろうか。自分の業務だってあるのに。
「な、何か手伝う事ありますでしょうか…?」
「大丈夫、俺ならそう時間はかからないから」
「本当にすみませんでした」
「大丈夫、次は期待しているよ」
そして本日も定時を迎えた。アキニレは魔法を完成させており、その新しい魔法に【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】という名前を付けている。これからテストを行うらしいが「手伝います」と申し出たら断られてしまった。アキニレにタスクを引き継いでもらい、私たちだけ帰るのはとても気が引ける。
アキニレは「そんな事よくあるよ。それに研修生に残業代を出したら損なのさ」などと笑ってと見送ってくれた。ああ、今日は反省である。もっと早い段階でアキニレに報告すべきだった。そうすれば彼も残業の必要などなかったかもしれない。
今日は社会人として反省の多い一日となった。明日はこの魔法陣をガーゴファミリーに納品する。私とアキニレは再度ダンジョンに入る予定だ。




