013_壁面調査
低く長い轟音、後頭部を殴られたみたいに頭がクワンクワンしているし、鼓膜も壊れたかもしれない。砂煙が上がり視界は完全に遮られた。私は怖くなってギュッと目を閉じる。どれくらいの時間が経ったのだろうか。風が止んだのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。
「アキニレ!」
「リン! 君の方は大丈夫かい!?」
なんとアキニレは無事だった。彼が「びびったぁー」と呟くのが聞こえる。いや、「びびったぁー」どころじゃすまないが。
彼の周りには石柱の残骸がゴロゴロと転がっている。そしてそれらとアキニレを隔てる様に、球状の結界が張られていた。アキニレの張った結界より一回り大きく青緑色。表面が水面のように揺らいでいる。一般的な結界は土属性を元にしているため、オレンジ色のデザインが多い。これは見たことのない種類の結界魔法だ。勿論この結界魔法を使ったのは私やガーゴファミリーではないし、アキニレでもない。私は周囲を見渡した。
――いた、司祭服だ。
ドーム状の空間の端、松明の灯が届かない暗がりに例の司祭服が立っていた。暗がりのせいでシルエットしか分からない。しかし見間違いではない。
一方、司祭服とは別の場所で「キンッ!」と金属がぶつかる音がする。見上げると副団長がオーク、ゴブリンを討伐したようだ。魔物が光の粒となって消えていく。司祭服はそれを見届けるとダンジョンの暗がりの中へと消えていった。
「待って…!」
私は咄嗟に司祭服の立っていた場所まで駆け寄る。しかし、そこには壁があるだけだ。呆然としていると、アキニレと副団長が追いついてきた。アキニレから予想外の質問をされる。
「さっきの結界はリンが張ってくれたのかい?」
――な、何を言っているんだ?
まさかあの司祭服を見逃したというのだろうか。
「違います! 司祭服がいたじゃないですか!」
興奮も相まって、大声で反論してしまった。しかし二人とも顔を見合わせて、「はて?」って顔をしている。そんな馬鹿な、特にアキニレの居た場所から見えてないはずがない。
――まさか…私だけに見えているのか?
副団長がフリュウポーチとバーナを連れてきた。私は四人に自分の見たことを説明する。ダンジョンの挑戦初日に司祭服を見かけた事。さっきアキニレを助けたのは司祭服の結界魔法である事。その結界魔法が見たことのない種類だった事。自分でも何を言っているのか分からない。「さっきの衝撃でイカれてしまった」とは思われないだろうか。だが副団長は私の言葉に深く頷いてくれた。
「ありがとうございます、周囲を調べてみましょう」
副団長はそう言うとフリュウポーチ、バーナに指示を出した。アキニレと私も石壁の辺りをもう一度チェックする。
だが「調べる」と言ってもただの石壁だ。私達のヘソくらいの高さまで石の腰壁があり、それより上は石のブロックが規則的に並んでいる。石は非常に年季が入っているが、苔やカビは生えていなかった。壁にはところどころ文字や記号っぽいものが彫ってあったが私にはちんぷんかんぷんである。アキニレも私と同じように石壁に触れたり、壁に彫ってある記号を観察していた。
――さっき死にかけていたのに…。
この人もかなりのタフネスである。「マイペースな人だなあ」とは思っていたけど。フリュウポーチはきょろきょろ周囲を見渡していたが、そっと壁に手を添えた。彼女の狼耳もピクピクと動いている。何かを補足しているのだろうか。
「なる…ほど」
「ポーチ、どうしました?」
副団長が歩み寄ってくる。彼女は黙ったまま壁を観察し、壁から壁へと触れて回った。そして数メートル左にそれてからピタリと動きを止める。
「ここだけ…空気の流れが変…」
彼女はそういうと壁に向けて右手を伸ばした。
「「あれ!?」」
私とアキニレは驚きで声を漏らす。フリュウポーチの手は壁に触れることなく、そのまま壁をすり抜けたのだ。壁は確かに見えている。しかし見えているだけで触れることは出来ない。まるで蜃気楼みたいだ。
「幻覚魔法だ、この先に何かある」
アキニレが静かに告げると、副団長も頷いて同意した。




