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012_ヴレア・ボール

リンの日記_四月四日(金)


 再度ダンジョンへ。

 前回倒した魔物も軒並み復活しているようだ。しかしガーゴファミリーの三人は次々に魔物を倒して進んでいく。

 中ボス個体がいる広場についた。中央に例のゴーレムが仁王立ちしている。フリュウポーチが近づくとゴーレムの隻眼に赤く光が灯った。ゴーレムとの二度目の戦闘が始まる。

 フリュウポーチはすぐに魔導書を取り出した。手をかざし新魔法【メガ・ヴレア・ボール】を起動すると赤く輝く魔法陣が宙に浮かび上がる。対するゴーレムは右腕を大きく振り上げ、攻撃態勢に入った。


 ドゴォオオオン!


 隕石のように巨大な右腕が地面へと叩きつけられた。フリュウポーチはそれを軽やかにかわす。大剣を背負ったまま、猫のようにしなやかな動きだ。流石は獣人である。

 ゴーレムはすぐに体制を整えようとするが、フリュウポーチはその隙を見逃さなかった。小さく反動をつけ飛び上がる。そして五メートルはあるゴーレムの顔の高さまで到達し、魔物の顔面めがけて魔法を発動した。ゴーレムは右手を振りかざした直後…満足に動くことは出来ない。


「メガ・ヴレア・ボール…」


【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】


 体積二倍の火球がゴーレムを襲う。ゴーレムは大きくのけ反って、そのままバランスを崩した。あの巨体が仰向けに倒れ込もうとしている!

 その勢いを利用して今度は副団長が首をはねた。前回と異なり実にあっけない幕切れであった。前と比較して半分以下の時間で魔物を仕留めてしまった。

 フリュウポーチは魔法陣を魔導書に戻すと、肩についた砂埃をはたく。まるで散歩から戻ってきたような足取りで私たちのところまで帰ってきた。そして彼女の人差し指が私の肩をつつく。


 …?


「良い仕事だった…魔法陣」


「ん!?」


 私は驚いて彼女の方を見た。しっかりと互いの目を見て話すのは初めてかもしれない。お互いあまり社交的なタイプじゃないし。


 だからこそ、その一言は貴重なモノだ。

 

 私はどうすればよいか分からなくなり、内心激しくパニックを起こしていた。だってその言葉は今の私が受け取っていいものではない。私は殆ど何もしてなくて、全部アキニレだから。


「い、いえ、私は大した事は…」


 謙遜しようとしたらアキニレに制された。


「お客様に謙遜はナシだ」


 そ、そうか…そうだよな。


「あ、ありがとうございます」


 私はフリュウポーチに頭を下げ、その後アキニレにもお礼を言った。

 アキニレが去っていった後も私は暫くその場に立ち尽くしていた。それは役立たずだった自分を嘆いてのものではない。


 正直、こんな形でも嬉しかった。


 私は先輩の足を引っ張っただけだ。それは重々承知である。それでもフリュウポーチの満足そうな顔を見た時に胸が熱くなった。緊張と不安で凝り固まっていた心がお風呂に入ったみたいに暖かくなるのを感じている。

 ――私は学生時代、ずっと絵を描いていた。

 学校で絵を勉強していたし、自分の絵を売って小遣い代わりにしていた。〝売る〟といってもたいそうな事ではない。売る場所は田舎の集会場。冬になると夕日を描いたし、夏になると祖母の野菜を描いた。買ってくれるのは小さい頃から世話になっているご近所さんだ。叔母さん達が私の描いた絵を喜んで「リンには世界がこんな風に見えてるのね?」って言ってくれて…それが嬉しかった。口下手な私にとって、絵は自分の内側を伝達する言葉だったのだろう。

 結果私は絵を仕事にする事は叶わず、魔法道具のエンジニアとして内定を貰った。そういった経緯もあり、内定してからずっと仕事が不安だった。魔法陣を作成した経験はない。私なんかが踏み込んでよい世界なのか…。内定を貰ってから何度も考えていた。

 でも、これは今まで私がやってきたモノづくりの延長戦にあるのかもしれない。フリュウポーチの笑顔でそれを実感する事が出来た。アキニレも本当にいい先輩だ。今の私にとってこれ以上はない筈。


 ――私、この場所で頑張ってみよう。


 セキュア・ゴーレムのドロップアイテムを全て回収すると、ガーゴファミリーの面々は背負っていた荷物を下ろした。私とアキニレもそれに続く。


「本来はボス個体のいるエリアを目指し探索を続けます。しかし今回の目的は〝隠しエリア〟の探索です。進むのはここまでと致しましょう。ここを拠点に、隠しエリアの探索を行います」


 副団長の宣言でガーゴファミリーの面々はそれぞれの方向に散った。フリュウポーチだけ少し先を偵察に行っっている。獣人の危機察知能力は人間とは比べものにならないそうだ。


「隠しエリアの探索…私にも出来る仕事があるかな」


 ここは危険なダンジョンである。個人的に「新人はでしゃばらず、迷惑をかけない事に徹するべき!」とは思うのだけど。私は副団長からもらったクッキーをかじりつつ、今後の探索に思いを馳せていた。ところが――


「二時の方向ぉおおっ!!!!」


 次の瞬間、中堅冒険者――バーナが叫んだ。

 緊急事態を知らせる怒号が響き渡る。


 ズガンッッッ!


 彼が装備した大盾が〝何か〟を防いだ。私は慌てて周囲を見渡す。アキニレが指さした方向、ドームの壁に穴が空いていた。地面から十メートル程の高さだろうか。


「ゴブリンだ!」とバーナ。


 穴からゴブリンの群れが侵入していた。


「いえ、ゴブリンだけではないようです!」


 副団長が告げた通りゴブリンの後ろに大きな影が見えた。

 

 ―――オークだ。

 

 豚亜人ことオーク。ゴリラのような肩幅で人間より二回りは大きい体格の魔物だ。濁った緑色の肌に思わず鳥肌が立った。オークはリザードマンより下級な魔物の筈。しかし奴らは腕に武器のようなものを握りしめていた。副団長がすぐにオーク目掛けて突っ込んでいく。


「投石が来るぞぉおおお!」


 再度バーナが叫ぶ。

 オークが瓦礫を掴んで振りかぶった。


 うおおおおおおっ、やっべ!


 私はバーナの構える大盾の後ろに滑り込んだ。

 大盾に瓦礫が激突する。大砲のような振動がこちらまで伝わってくる。私は大盾の後ろから魔物の様子を確認した。オークは一体じゃない。遠目からじゃ分からないが二、三体はいる。ゴブリンたちも革に紐が付いた何かを振り回している。投石機のつもりだろうか。再び大量の瓦礫が降り注ぐ! 瓦礫の量が桁違いだ!! さっきは試し打ちだったのだ!!!


「気を付けろぉお! 瓦礫の他に爆弾も混じってる!!!」


 バーナが叫んだ。私の反射神経では全く追えていない。オークやゴブリンに爆弾を作る脳があるとも思えないし他の冒険者から盗んだものだろう。本当に無茶苦茶な奴らだ。私は大盾の後ろで丸くなって身を守ろうとした。しかし顔を上げた直後、視界にアキニレの姿が映った。


 まずい、アキニレが無防備だ。


 副団長はオークの対処で手一杯。バーナもすぐには動けない。アキニレはすぐに結界魔法を唱えた。オレンジ色の球状結界が現れる。私がよく使う結界と同じタイプのものだ。アキニレの張った結界は投石全てを受け止めた。


 よし、大丈夫か…!?


 しかしバーナが何か叫んでいるのが見えた。


「上だっ!!!」


 ドゴォオオオ!


 大きな破裂音と共に大量の砂が降り注いだ。オークの投げた爆弾が天井付近で爆発したのだ。天井がミシミシと音を立てている。今にも天井が崩れそうだ。


 直後、天井を支えていた巨大な石柱が一本、真っ逆さまに落ちた。


 アキニレの真上だ――

 

 アキニレ個人の結界で防げるレベルじゃない。私は慌ててアキニレの上に結界を張ろうとした。しかし間に合わない。そもそも私一人が加勢してどうこうなるものでもない。それでも私は結界魔法を詠唱した。それしか思いつかなかった。

 

 アキニレは昨日言ってくれた。


〝大丈夫、次は期待しているよ〟


 人の気持ちを汲んでくれる先輩なんだと思った。私はそういう人を格好いいと思う。

 だから私は必死だった。とにかく呪文の続きを叫んでいた。

 

 ドォオオオオオオ!

 

 低く長い轟音が響き渡った。後頭部を殴られたみたいに頭がクワンクワンしているし、鼓膜も壊れたかもしれない。投石なんかとは比べ物にならない…。砂煙が巻き上がり視界は完全に遮られた。私は怖くなってギュッと目を閉じる。

 ――どれくらいの時間が経ったのだろうか。風が止んだのを感じて、私は恐る恐る目を開けた。




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