011_火球と報連相
アキニレは開発ルームの机で別の事務作業を行っていた。
机の上には財布が置かれている。これからお昼ご飯に行くところだったのだろうか。だとしたら更に申し訳ない。
「お忙しいところすみません。魔法陣が分からなくて…」
するとアキニレはちょっと困ったように微笑んだ。
「やっと来たな新人二人。報連相がだいぶ遅いぞー」
「あ、えっと…すみません…」
そっちを指摘されると思わず、私は思わず口ごもってしまった。
「リンとアセロラがちゃんと頑張ってたのは見てたよ。ただ作業の進捗報告はもう少し頻度を増やしてほしいな」
「すみません、先輩の迷惑になるかもと思ってしまって…」
私は咄嗟に言い訳を口に出してしまった。それでもアキニレは昨日までと同じ落ち着いたテンションで淡々と言葉を続けていく。私にとってそれは大変にありがたい事だった。
「気持ちは分かるよ。俺も新人の時はそうだった」
「は、はい…」
「でも今の君たちは〝出来ない状態〟で問題ないのだよ。会社だってリンやアセロラが魔法道具の制作経験がない事を分かった上で雇っているだろう? だからそれを教えるのは先輩の仕事だし、頼る事をネガティブに捉える必要はないかな」
「あ、ありがとうございます」
「そして最優先にすべきはお客様との約束だ。それを守るために動いてほしい」
言われてみればそうだ。何で気がつかなかったのだろう。私達は改めて謝罪の言葉を口にした。
「すみません、考えられてなかったです」
私達の反省に対してアキニレは黙って頷く。
「でも今回は本当に気に病む必要はないんだ。この依頼は少し〝意地悪〟だったからねえ」
「意地悪…ですか?」
「この依頼は期限がかなり短いから、今の二人で間に合わないのは分かってたよ。ただ呪文の難易度も低めだったし、魔法陣と業務に触れるいい機会だったから二人にお願いしたのさ」
「な、なるほど…」
「報連相の練習にもなると思ったしねー」
そういってアキニレは「フフフ」と口角を上げた。私は顔が熱くなるのを感じ、肩をすくめて改めて「すみません…」と呟いた。アキニレは既にヘラヘラ笑っている。
「この件は俺が引き継ぐよ」
「すみません、その…間に合いそうでしょうか」とアセロラが質問した。
「ああ、俺がやれば一瞬だよ。似たような依頼は何度も引き受けてるからね」
「ありがとうございます…」
私達が中途半端に改造した魔法陣――これをアキニレに手渡した。アキニレは私達の魔法陣を受け取ると顎に手を置いた。魔法陣をチェックする姿はいつもマイペースなアキニレではない。まさに職人の顔だ。何を考えているのだろうか。邪魔するわけにもいかないので私達は彼が喋り出すのを待っていた。この短い沈黙は学校で教授にレポートを見てもらう時と似ている。アキニレは私達の魔法陣を自分の魔導書に登録し直すと、私達の方へ顔を上げた。
「途中まではよくできているね」
「本当ですか?」
「ああ、変数やファイルの名前も分かりやすいし、シンプルにまとまっているよ」
「「ありがとうございます…!」」
が、その辺りって主にアセロラの手柄だった気がする。いや、勿論私の担当した部分もあるとは思うが…。とにかく後でアセロラにもお礼を言わなければ。
「自分で一から作り直した方が速いと思っていたけど、これを使わせてもらう事にするよー」
「はい!」
「そろそろお昼休憩にしよう。最後に何か質問はあるかい?」
あ、そういえば【ヴレア・ボール】が失敗する原因が分かってなかった。
私達は【ヴレア・ボール】の火球の数を三つから一つに変更する事は成功した。しかし火球の体積を倍に出来なかった。魔法が不発するようになってしまったのだ。私は小さく手を上げるとその問題についてアキニレに質問してみた。
「因みに私たちの魔法が失敗した理由って…アキニレには分かりますか?」
「フフフ、分かるよ。ただリンも分かるかも」
私名指し!?
全然思い当たる節がない。まごついているとアキニレが人差し指を立てた。
「一緒にダンジョンに行った時、俺が魔法陣を改造しただろ?」
「そうですね…」
「あの時、俺は『火球の射程距離を伸ばしてほしい』と頼まれた」
「はい、そうですね…」
それが今回の問題と関係があるのだろうか?
「僕が大まかにどんな改造をしたか覚えてるかい?」
えっと、何だっけ…確かこの日記に書いたな。
私は慌てて四月二日の日記を思い出そうとした。確か〝火球を飛ばす力の強化〟と…〝火球にかける回転の強化〟とか書いた気がする。
「火球を強く飛ばして、回転も強くしてみたいな感じかなーと…」
「そう、正解!」
アキニレは嬉しそうに答えると人差し指をピンと立てた。
「大事なのは後半部分さ、つまりこの魔法は炎を生成した後で、回転をかけて球状にしているんだ」
「回転…?」
「ここまでで分からない?」とアキニレ。
アセロラが「あっ」と声を上げた。
「炎を大きくしたら、回転する力も大きくしないと球状にならない…とか?」
「そう、それが正解。という訳で残りのタスクは適切な回転速度を割り出す事と、実際に魔法陣を完成させること。そして完成した魔法陣をテストする事の三ステップだ」
お、思ったよりもやる事が多そうである。これは私とアセロラがどんなに頑張っても終わらなかっただろう。というかアキニレは終わるのだろうか。自分の業務だってあるだろうに…。
「な、何か手伝う事ありますでしょうか…?」
「大丈夫、俺ならそう時間はかからない」
「今日は本当にご迷惑をお掛けしました」
「大丈夫、次は期待しているよ」
――そして本日も定時を迎えた。
アキニレは一先ず魔法を完成させており、その新しい魔法に【メガ・ヴレア・ボール_大火球を放つ魔法】という名前を付けていた。これからテストを行うらしいが、手伝うと申し出たら断られてしまった。アキニレにタスクを引き継いでもらい、私たちだけ帰るのはとても気が引ける。
アキニレからは『そんな事よくあるよ。それに研修生どもに残業代を出したら損なのさー』と見送ってくれた。もっと早い段階でアキニレに報告すべきだった。少なくとも昨日の定時前には作業の進捗を相談すべきだったのだろう。そうすれば彼も残業の必要などなかったかもしれない。
今日は社会人として反省の多い一日となった。明日はこの魔法陣をガーゴファミリーに納品する。私とアキニレは再度ダンジョンに入る予定だ。