ミッドロージアン領の再建 1
婚約してからも頻繁にデートを重ね、ますます仲を深めていったフェルナンとジェシカ。二人は隠すことなくどこでも堂々と過ごしていたため、目撃情報も多数飛び交い、その仲睦まじい姿は多くの人が知るところとなっていた。
「ジェシカ、今度お父上とオリヴァー君に会うことになったよ」
「え?何かあるんですか?」
幸せそうにケーキを堪能するジェシカに、フェルナンは唐突に告げた。今日は王都で演奏会を楽しみ、その後カフェに来ていた。
「ああ。前に少し話したが、ミッドロージアンの領地の改革に、私も何か手助けができないかと考えていてね」
マーカスはフェルナンの申し出に、気持ちだけで十分にありがたいと答えていた。そうでなくてもフェルナンは、娘のジェシカにたくさんのドレスや靴、宝石を贈ってくれている。これ以上、迷惑はかけられないと心苦しく思っていた。
けれど、〝妻となる人の生まれ育った地を、私も大切にしたい〟と真摯に話すフェルナンに、それまで渋っていたマーカスも彼の気持ちをありがたく受け入れることにした。もちろん、将来の領主であるオリヴァーも、その話に加わることになっている。
「すごくありがたいけど……私、そんなつもりであなたを選んだわけじゃないのよ」
確かに、初めて夜会に出席した頃は、援助をしてくれるような相手をと思ったこともあるが、フェルナンと出会って、そんな考えは消えていた。援助はありがたいけれど、どうしても彼を利用しているようで後ろめたくなるのだ。
「わかっているよ。私はジェシカの生まれ育った故郷を気に入っているんだ。あの土地を、きちんと残したい」
そう言われるのは、すごく嬉しい。
「優しいジェシカのことだから、私に対して利用しているようで申し訳なく思っているのだろう?」
「……うん」
「安心して、ジェシカ。私はお金を渡すだけなんて、乱暴な援助をするつもりはないよ」
「え?」
「まあ、見てて。オリヴァー君も、本腰を入れてなかなかおもしろい提案をしてくれるみたいだから」
そうして数日後、フェルナンがミッドロージアン邸を訪れてきた。本来ならこちらから伺うべきだというマーカスの言い分に、現地を見ないでは語れないとフェルナンが押し切っての訪問となった。
「お父様。私も同席したいのですが」
結婚すればこの家を出て、王都にあるフェルナンの家に移り住む予定でいる。寂しい気もするが、つまり〝他所の者〟になるのだ。
それでもここは自分の大好きな故郷だから人任せにはしたくないと思っていたジェシカは、話ぐらい聞いても罰は当たらないはずと、父に願い出ていた。
「姉さん……引いてくださいと言っても、無理なんでしょうね」
父なら許してくれるだろうとわかっていたが、問題はオリヴァーだった。
諦めたようにつぶやくオリヴァーに、ジェシカは思わずニンマリとしてしまう。
「いいですか、姉さん。途中で口を挟まないこと」
「は、はい」
(遊びじゃないってわかっているけれど、なかなか厳しいわ)
「もちろん、こちらから求めた時は、姉さんの意見も話してください」
「いいの?」
「当然です」
(どうしよう。オリヴァーがめちゃくちゃ可愛く見えてきたわ)
表情の緩んだ姉に、オリヴァーは思う。単純すぎると。
父とオリヴァーが隣り合って座り、机を挟んでフェルナンが座った。
オリヴァーとしては、姉には少し離れたところに座って欲しかったみたいだが、そうさせなかったのはフェルナンだった。ジェシカの腰をぐっと引き寄せて、有無を言わさず自分の横に座らせてしまった。
きっとこれから話し合われることは、小難しくて自分には想像すらできない内容もあるのかもしれない。それでも、ここをよくしていきたいという気持ちは誰にも負けない。そのために、チャンスがあれば意見を出したいと、ジェシカは一言も聞き漏らさない意気込みでいた。
「これは僕と父で考えた改革案です」
「なに、これ」
オリヴァーの広げた数枚の用紙を見て思わず呟いたジェシカを、弟はジロリと睨んだ。今はしゃべるなと。
用紙には、文字と図とグラフとなにやら難しいことがびっしりと書かれている。
「ほう。これはすごいな。オリヴァー君、説明をしてくれ」
「はい」
この案は基本的にオリヴァーが考え、ところどころマーカスが手直ししたものだ。
「まず前提ですが、この地は自然が豊かで、農業を中心とした……いえ、農業以外なにもないところです。外からお金を稼いでくることはほぼなく、外から人が訪れてお金を落としていくこともありません」
(どうしよう。まだ冒頭だというのに、わが弟が賢すぎて直視できないわ)
弟はずいぶんと口が達者に育ってしまったが、それでも年相応な一面もある少年だと思っていたジェシカ。けれどこの出だしを聞いただけで、もう立派な次期領主なのだと納得しそうになる。
一見冷淡で興味を示すものもさほどないオリヴァーだったが、自分の想像以上にこの土地のことを考えてくれていたようだ。その事実に気づき、まだ冒頭の何一つ具体的な提案もしていない段階から、ジェシカの瞳は潤み始めていた。
ちらっと視線を上げて姉の様子を見たオリヴァーは、ぎょっとしていた。懸命にも、声を漏らすことはこらえたが。
(なぜだ。まだ話し始めたばかりだというのに、姉さんはどうして涙ぐんでいるのだ?もしかして、口を挟むなと、きつく言いすぎたのだろうか)
まったくかみ合っていない二人だったが、ジェシカが賢明にも口出ししないでいたため、話は滞りなく進んでいく。
「ここは王都から日帰りで行き来ができ、王都に居を構える人が気軽に訪れるに適した土地です。また、もう一つの特徴として、副業でお針子をしている者が多くいます。ただ、針子なら王都にも多数いるため、大した稼ぎにはつながりません。つまり技術が生かし切れていないのです」
弟の話に、ジェシカは大きく頷いた。
(そうなのよ。みんな素晴らしい技術を持っているのに、その活躍の場は家族の服のほつれやカーテンの直しなど、生活に密着したものばかりで、収入にはなかなかつながっていないのよ)
かくいうジェシカも裁縫はなかなかの腕前で、刺繍も得意だ。しかし、その技術の使い道は……以下同文。
「そこで、改革の二本柱を考えました」
(すごいわ、オリヴァー。〝二本柱〟だなんて、なんだか本格的な響きだわ)
ジェシカにしても、それなりに賢い。貴族令嬢として、知っておくべきことはほぼ身につけている。ロジアンの指導もあって、最近は身のこなしも令嬢らしく優雅になってきた。
オリヴァーは姉について、自分には劣るもののそれなりに賢い部類だと認識している。
ただ、学校に通ったり同じ立場の人間と意見を交わしたりする経験が皆無なため、どうしても視野が狭くなりがちだ。オリヴァーが普通に使う言葉が物珍しく、不必要に小難しく聞こえてしまうのも仕方がない。
「一つは、蚕の養蚕と絹織物の製品化です。餌となる桑の木は、いくらでもあります。蚕を育てるのはすぐにでも始められるでしょう。しかし、絹糸づくりだけで終わっていては収入もそれほど大きくありません。そこから絹織物を作り、夜着や肌着などの製品を作るのです。なにか……ブランド化できるのが理想です。例えば、他ではあまり扱われないような染め物を取り入れて差別化を図ってもいいかもしれません」
肌着といえば白が基本だ。それを染めるなどという発想は聞いたこともない。
「なるほどな。材料づくりで終わっていては、この地の旨味はわずかだ。ここで製品化までできるのなら……そうだな。試す価値はあるな」
「ただ、ここには織物を作る技術と、デザインを起こせる者がおりません」
こんな片田舎の地に、金を稼げる技術を持った人間がくすぶっているはずがない。
「そのあたりなら伝手がある。指導できる人を手配しよう。デザイナーもあたってみるとしよう。専属でここへ来るのは無理でも、依頼に応えられる人物ぐらいなら見つかるだろう」
「ありがとうございます」
ここまで一切マーカスは発言していない。時折頷きながら、息子の説明する姿を見守っているだけだ。その様子は、息子を誇らしく思っているのが伝わってくる。信頼できるからこそ、全てオリヴァーに任せているのだと。
「それから製品化できたとして、その販売は基本的にこの領地に限定します」
「え?」
ジェシカが思わず声を上げると、やはりオリヴァーにジロリと見られた。
しかし、ジェシカの驚きも当然だ。せっかく良いものを作っても、滅多に外から人が来ないここで売り出すだけでは収益が見込めない。
「王都には、進出しないと?」
フェルナンの問いに、オリヴァーが否定する。
「いいえ。王都では期間限定で、不定期で販売するんです」
「それはなぜだ?」
「宣伝が目的です」
「ほおう」
意外な発言に、フェルナンがなにやら考えを巡らしている。
「あくまで、最終的にはこの土地に店を構えることが目標です。しかしいくら良いものを提供しても、知ってもらわないことには宝の持ち腐れになってしまいます。ですので、王都では宣伝のために時折販売するのです」
「つまり、外からこの地へ人を連れてきたいと」
「はい」
(なるほど。外からお金を得るってそういうことなのね)
ジェシカは、オリヴァーが最初に言っていたことをやっと理解した。
けれど王都から近いとはいえ、なにもないこの土地にそれだけの目的で人が来るのだろうかと、首を傾げた。
(かなり自信がありそうだけど、オリヴァーの提案は大丈夫なのだろうか)
姉に心配をされていることに気づかないまま、オリヴァーの説明は続く。




