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見せつけることもお仕事です 3

「あら、ジェシカさんじゃないの」


そこへ突然割り込んできた声に、ジェシカはハッとした。このいたたまれない状況下、ジェシカにとってその声は救いの女神のように思えた。


「ロジアン夫人ですって!?」


バーバラはロジアンの姿を認めた途端に盛大に顔を歪めた。


「まあまあ、フェルナン様にジェシカさん。あなた達、婚約したんですって?」

「ええ。夫人にはジェシカ共々ずいぶんお世話になっているのに、ご報告が遅くなってすみません」


すかさず笑みを浮かべたフェルナンが、それまでの怒りが嘘のように実に申し訳なさそうな声音を出す姿に、再び周りは驚いていた。


「本当よ。一番に聞きたかったわ。でも、嬉しいことだわ。二人とも、おめでとう」


ロジアンは、まるで少女のように口を尖らせて不満を言ったものの、ふんわりとほほ笑んで二人の婚約を心の底から祝福した。その様子を、周囲は凝視している。


「ちょっ、ちょっと失礼します。ロジアン夫人、初めまして。私、ランズダウン・グレイスと申します」

「あら、侯爵家の方ね。私に何か用かしら?」

「ええ。私、この二人の婚約を聞いて驚いておりますの。フェルナン様に、こんな〝残念〟だなんて言われている方はふさわしくありませんわ」


〝そうじゃありませんこと?〟と、その若さからか、グレイスは相手がロジアンであろうとも怯むことなく訴える。


「私はそうは思わないわよ」


グレイスを忌々しげに睨むフェルナンに対して、ロジアンはいつも通りに見える。が、そこがわざとらしくも見える。


「ロジアン夫人も、この方のお噂を聞いたことがありますでしょう?夜会に出席して、殿方に見向きもしないで食べてばかりいたとか」


グレイスに改めて指摘されて、自分がいかに非常識だったかを痛感したジェシカは、今後は気を付けないと、と心中で誓った。

(でないと、フェルナン様にまで恥をかかせてしまうわ)


「あら?出されている料理を食べてはいけないなんてルールがあったかしら」


首を傾げるロジアンは、意見を求めるように興味津々に見ていた周りの人々を、ぐるりと見渡した。もちろん、見られた側は反論できそうにもない。なんせ彼女は、とにかく厳しいことで有名な、王家のマナーの教育係だったのだから。ここで彼女を否定しようものならば、王家をも否定するようなもの。


「もったいないじゃないの」

「も、もったい、ない……」


ロジアンの予想外の一言に、グレイスが眉間にしわを寄せた。この人は何を言っているのかと。

グレイスだって、ロジアンのことは知っている。それだけに、まさか夜会で大量の食事をとることを肯定するとは思ってもみなかったのだ。加えて、〝もったいない〟と言ってのけたロジアンを、信じられないものを見たとでもいうように、目を見開いていた。


(もったいないって、どういう意味だったかしら……?)

そんな言葉とは無縁に育ってきたグレイスだったが、もちろん言葉の意味を知らないわけではない。現状についていけないだけだ。


「そうですわよ。食べ物を粗末にするなんて……」


グレイスにとって食べ物など、自分の好みや気分次第で残すなんて当たり前のこと。自分の知っている貴族というものは、食べ残すなんて普通のことで、気にも留めないような些細なことなのだ。庶民と違って、そうしても平気な財力があるのだから。


「それにね、グレイスさん」


それまでにこやかに話していたロジアンが、唐突に笑みを消した。かつて王家の人間ですらも厳しいと恐れていた教育係としての雰囲気を醸し出すロジアン。遠巻きに様子を伺っていた王太子夫妻や王女らが、表情を強張らせていたとかいなかったとか。


「私も、夜会でジェシカさんと一緒になって食事をしたのよ」

「えっ……」


「ね、ジェシカさん」

「は、はい」


一瞬、一緒に食べたあの素晴らしいチョコレートを思い出してうっとりしかかったジェシカ。しかし、次の瞬間、グレイスに向き直ったロジアンの顔が自分に向いた時とは全く違っていることに気が付いて、ピクリと肩を揺らした。

助けを求めるように思わず隣のフェルナンを仰ぎ見た。さっきまでイラ立っていた彼は、なぜかこの場を楽しんでいるかのように、にやりと返してくる。


「それから、フェルナン騎士団長様も。ね?」

「ええ。ご一緒させていただきました。夫人の勧めてくださったチョコレートが美味しくて、後でこっそり個人的に取り寄せたんですよ」


(それって、先日私にもプレゼントしてくれたもののことかしら?)


フェルナンの発言に、周りが小さくどよめいた。彼はかつて、戦の鬼と呼ばれた男。大柄で、愛想のない厳つい男。その男の中の男のようなフェルナンが、チョコレートといった乙女なスイーツを好んだと。それも、個人的に取り寄せるほどに。


「私達三人は、友人ですのよ」

「は?」


思わず呆けたグレイスに、ロジアンがすかさず言う。


「〝は?〟とはなんですか。はしたないわ。バーバラさん、ご息女の教育は大丈夫なんですの?」


そこですか!?そこで当時の厳しさを発揮するんですか!?と、心中で突っ込んだ人はどれほどいただろうか?

グレイスは怯えて顔をひきつらせ、バーバラは羞恥に震えている。


「友人と、料理やスイーツをいただきながら語らい合うことの、何がいけないと言うのですか?社交の場に不慣れなジェシカさんに、友人である私とフェルナン様が交流の仕方を教えて差し上げていたのよ。それはいけないことだったのかしら?」

「い、いえ……」


あれほど目を吊り上げて突っかかってきたグレイスが、ロジアンの追及にしどろもどろになっている。


「ジェシカさんったら、使われている材料や作り方など、とっても詳しく知っていらっしゃるの」


それはそうだ。なんとか自分で育ててみようとか、作ってみようとかしてきたのだから。貧乏ゆえに得た知識だ。自給自足生活は伊達じゃない。


「は、はあ……」

「お話も面白くってね。一つ料理を手に取れば、これはこうでっていろいろ教えてくださるものだから、私ももっと知りたくなってしまったわ。結果的に多く頂いてしまったのですけれど、それはいけないことだったかしら?」


ジェシカが非常識なほど食べていたというのなら、同じように食べたロジアンも非常識だとしたも同然。さすがにグレイスもその事実に気が付いたのか、顔が真っ青になっている。

この段階で、ジェシカが初めて出席した夜会での暴走は、なかったことにされていた。ロジアンの醸し出す雰囲気に呑まれて、誰もそこに思い至っていない。フェルナンを除いて。


「そ、そんなことは……」

「育ってきた環境が違えば、その常識も少しずつ違うものよ」


そう語りだしたロジアンの表情からは、厳しさは鳴りを潜めた。まるで、グレイスを通してこちらに注目していた全員に言い聞かせるように、ロジアンは続ける。


「私、これでも厳しい教育係って言われていてね」


ロジアンがちらりと王族の席に視線を向ければ、高貴な方々が気まずそうにもぞもぞとしている。その姿から、ロジアンが現役だった頃は相当だったのだろうとうかがえる。


「まあ、厳しくなるのも当然ですわ。私がお教えしていたのは、この国を背負って立つ方々ですもの。どこへ出しても恥ずかしくないように育てる。それが私に与えられた仕事。手を抜くわけにはまいりませんでした」


ロジアンは、あえて厳しい教育をしてきたのだろう。今の彼女からは、自分のしてきたことに誇りを持っているのだと伝わってくる。


「けれど、そんな私だって、プライベートまで厳しい人間ではないわ。こっそりお菓子のつまみ食いもすれば、慌てて走ってしまうこともあるわ」


「噓でしょ?」

「あのロジアン夫人が?」


まさかの暴露に、周囲がざわめいた。彼女が完ぺきな淑女だと思っていただけに、些細な内容とはいえ、周りは大きな衝撃を受けている。


「だって私、王族じゃありませんもの。常に見張られているわけじゃないから、少しぐらいいいでしょ?」


お茶目すぎる。ここでその少女っぽさ全開は反則だ。〝いや、だめでしょ〟とは言えない。あたかも、〝王族じゃなくてよかった〟なんてにおわせていることにも突っ込めない。


「グレイスさん。あなたの育った家庭では、あなたがおっしゃったことが当然のことで、常識なんでしょう。けれど、全員が全員同じじゃないのよ。ダンスを通して交流を深める人もいれば、食事を通して交流を深める人もいる。それでいいじゃない」


不思議なことに、ロジアンがそういうのならそうなのではと周囲に浸透していく。彼女の言葉なら間違いないと、その先入観がそう思わせているのだけれど、もう一度確認しておく。ジェシカは初めて出席した夜会で食べすぎと言われてしまうほど料理を食べていた上に、誰ともまともな交流をしていなかった。が、そんなことはもはや関係ないようだ。


「それよりも、せっかく婚約を発表した二人に対して難癖をつけ、無遠慮な視線を向ける。それでもお祝いを述べるならまだしも、あろうことかお相手の女性を否定し、ねちねちねちねちと嫌味をぶつける」


そう言うロジアンの口調も実にねちっこいのだが、もちろん誰も指摘できず。

バーバラとグレイス母娘に向けられる周囲の視線は、どんどん厳しいものになっていく。


「それこそ、育った環境のなせる所業、なのかしら?」


思わずくすくすと笑い声が漏れてくる。真っ青になっていたグレイスは、羞恥と怒りから顔を瞬時に真っ赤にさせた。


「非常識ですよ」


しばらく周囲のざわつきに耳をすませていたロジアンは、その瞬間、グレイス達をバッサリと切り捨てた。その口調があまりにも鋭くて、辺りは一瞬にして静まり返った。

今や会場中がその成り行きを見守っている。


ジェシカは、自分が当事者なだけにどうしたものかと悩み、無意識のうちにフェルナンの腕にぎゅっとしがみつくようにしていた。そしてこの緊張感高まる中、フェルナンは一人、しがみついてくる婚約者が可愛すぎて悶絶していた。

 

「事情があったのならともかく、単なる横恋慕でしかないぐらいで人の幸せを祝えないなんて、なんて心の寂しい方なのかしら?」


嫌味だ。とてつもなく嫌味だ。けれどその通りだと、少なくない人達が頷いている。ジェシカが知らないだけで、この母娘は以前から地位を鼻にかけてそれなりの態度を見せていただけに、味方となる人はそれほどいない。


「心の貧しい人なのね」

「なっ……」


もうこれ以上辱められるわけにはいかないと、やっと息を吹き返したバーバラは、真っ赤な顔で言った。


「か、帰りましょう、グレイス」


それだけか!?と、ある意味周囲を驚かせる一言だった。どうせ言うのなら、これまでの横暴な振舞のように、少しぐらい言い返してくればいいのにと思ったのは、ロジアン本人だ。


「あっけなかったわね」


そうボソリと呟いたロジアンは、打って変わって上品な笑みを浮かべた。


「せっかくお楽しみのところ、お騒がせして申し訳ありません。ここからは、それぞれ気楽に楽しみましょう」


(ロジアン夫人……強い、強すぎるわ)

ジェシカは一人見当違いな方向に感動していた。

周囲はまだちらちらと気にしつつも、ロジアンにこれ以上不躾な視線を向けるのもはばかられて、散り散りに離れていく。


「さ、ジェシカさん、団長さん」


(出たわ。少女ロジアン様。その話し方が可愛すぎる)


その変わり身の早さに、フェルナンはこっそり苦笑した。


「あちらでお食事でもいただきながら、あなた達の婚約に至るまでのお話を、じっくり聞かせていただこうかしら?」

「うっ……」


一瞬詰まったフェルナンは、確信した。このお方は、根掘り葉掘り聞き出すつもりなのだと。ついでに、からかう気もありそうだ。時折、ロジアンに相談をしていたのだから、ある程度のことは知っているのだというのに……。



一波乱あったものの、大好きなフェルナンとダンスをして、彼のお知り合いにも紹介してもらえ、食事も満足に食べられたジェシカは、満面の笑みを浮かべていた。その横には、フェルナンが少しの隙間も空けずに控えている。


「ジェシカさん。ああは言ったけれど、あなたがもしマナーを学びたいと思っているのなら、私がいつでも教えて差し上げますわ。うちに気軽に遊びに来てくれればいいわ」


別れ際に優しく伝えるロジアンに、ジェシカはこの人に出会えたことを感謝していた。


(気軽に?そんな半端な気持ちであの人の元を訪ねたら、間違いなく灰になるわ!!)

と、聞き耳を立てていた一部の王族が思ったとか、思わなかったとか。


けれど、彼らのそんな心の声は杞憂に終わることになる。言葉通り、気軽にロジアンの元を訪れたジェシカに、彼女は懇切丁寧に指導をした。毎回、おいしい紅茶と珍しいスイーツをおともにしながら。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロジアン夫人もジェシカの魅力を活かす方向で指導したんだろうなぁ
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