男所帯の一致団結 1
ここに、一人の男がいた。
大柄で愛想はなく、めったに笑みを見せないことで有名な、厳つい男……のはずが、今日はやたら機嫌がいいらしい。長い付き合いになる部下達はすぐにわかった。
いつも口元が固く結ばれているこの男。今朝も確かに結ばれている。一見してなんら普段と変わりがないのだが、よく見ればわずかに……ほんのわずかに口角が上がっていることがわかる。
普段から理不尽なことを言わない上司だけれど、甘いこともめったに言わないこの男、フェルナン・タウンゼンド騎士団長。その彼が〝差し入れだ〟と、詳しいことは何も告げないまま団員の人数分のスイーツを差し出してきた。その中身は……
「なんですか、これ?」
こたえなんて期待していなかった。
受け取った団員が思わず呟いた疑問に、フェルナンはやや自慢げに答えた。
「知らないのか?プリンというのだ。近頃王都で人気らしいぞ」
(知るわけないです!!あなたはどこの乙女ですか!!)
と、居合わせた男達は心の中で一斉に突っ込んだ。
「乙女だねぇ」
もとい。一人だけ心の声が漏れていた。
フェルナンに次いで騎士団ナンバーツーの実力の持ち主で、剣を握る以上に得意なことは戦略を立てることという、腹黒カーティスだ。フェルナンとは幼い頃からの付き合いで、その物言いには遠慮がない。
「スイーツとは程遠い存在の団長さんが、なんでこんな朝一番で並んでも買えるかどうかわからないという、幻のプリンをこれほど大量に買えたの?知ってる?どこぞのご令嬢が〝よこせ〟と店に圧力をかけて脅そうとしても屈しなかった強者店主の店のプリンだよ?」
「すごいな、情報量」
フェルナンが呆れて言った。
一体、そんな幻のプリンを、この男はどうやって手に入れたのか?そして、カーティスはその情報をどこで仕入れてきたのか?
団員たちは興味津々で事の成り行きを見守った。
「……口利きはできないからな。ここだけの話だぞ。これが最近有名な菓子だということは、ロジアン夫人から聞いた。そして、これを作っている店主を昔ちょっと手助けしたことがあって、今回だけ特別に融通を効かせてくれた。それだけだ」
今回限りだというそのスペシャルな融通を、どうしてこのむさ苦しいばかりの男達に使ったのか……。全員が内心で首を傾げていた。使うべきところは、他にあるのではないのかと。
「女に使いなよ、そのチャンスはさあ」
いや。一人だけストレートに意見していた。もちろん、カーティスだ。
「私の勝手だろ?たまには部下を労っても、罰は当たらん」
どことなく気まずげに、ぶっきらぼうに言い放ったフェルナン。
そこへ、新たに一人団員がやってきた。
「あっ、団長。昨日、見ましたよ。いやあ、団長も隅に置けないですねぇ」
空気を読まない(読めない?)男、テッド。ある意味怖いもの知らずだ。
このノー天気……いや、底抜けに明るく、空気の読めない男が騎士団に所属できているのは、まあまあの実力はともかく、この性格のおかげだと噂されている。良くも悪くも、空気を変えてくれると。
「なにかなあ、テッド君。その昨日の出来事とやらは」
すかさず詰め寄る腹黒カーティスに、テッドは満面の笑みを浮かべて声高に言った。
「昨日、王都のカフェで見かけたんですよ。団長ったら、女性と二人っきりでにこやかに過ごされてて……」
(あれ?これ、言っちゃダメなやつだったか?)
カーティスをはじめとする仲間たちからの異様な圧と、意図のわからないフェルナンのニヤリとした顔に、このノー天……底抜けに明るい男テッドも、さすがに何かを感じた。
「な、なにかなあ……」
(これ、セーフ?ダメなやつ?)
狼狽えるテッドに、カーティスはにんまりとした。まるで腹黒さがにじみ出るような表情だ。
「ほおう。ねえ、フェルナン。これ、聞いていいやつ?」
カーティスに尋ねられたフェルナンは、そろそろ本格的に広めてもらう良いタイミングだと判断し、〝ああ〟と頷いた。
〝おお〟とどよめく団員をよそに、テッドは一人ホッと胸をなでおろしていた。
「団長に、ついに浮いた話か!!」
「相手は誰だ?」
「お前、あの噂を知らないのか?」
小突き合う団員たちを代表するかのようにして、カーティスが問う。
「お相手は、もしかして?」
カーティスにも、もちろん噂は耳に入っていた。が、本人の言葉で確認したかった。
なんせ、フェルナンとは親友と言ってもいいほどの付き合いだ。この朴念仁の浮いた話とあらば、ぜひとも根掘り葉掘り聞いておきたい。ついでに、なんとか成就するように、ひそかに手助け(という名の冷やかし)をしておきたい。
「ジェシカ・ミッドロージアンだ」
「やっぱり!!」
「本当だったのか!?」
「若い。若すぎるだろ」
大方予想していた相手だとはいえ、本人の口からはっきりと告げられれば、驚きも大きいというもの。ついでに感動も。団員達の間では、〝やっぱり〟という思いと同時に、〝なぜ?〟という疑問も広がった。
もちろん、夜会で二人が親しくしていたことも、二曲も続けてダンスをした後、他には見向きもしないで二人そろってその場を離れたことも聞いていた。それに、フェルナンがなにかと彼女のことを気にかけていることも知っていた。
が、それが一体どれほどの仲なのかということは確信が得られていなかったのだ。
いや、あの憧れのジェシカ嬢が誰かのものになるなど、聞きたくもなかったというのが大方の思いだった。
「へえ。あのジェシカ・ミッドロージアン嬢ねぇ」
「あの、とは?」
わずかに不機嫌さをにじませたフェルナンだったが、それにカーティスが怯むわけがない。いつも通りの気軽さで、さらに深堀してくる。
「噂通りの美人で、噂によると……ああ、これはあくまで噂だよ。僕が言ってるわけじゃない」
カーティスの言わんとしていることを察して、フェルナンが鋭い目つきで睨みつけた。長年の付き合いで、越えてはいけない一線がわかるカーティスは、あくまで一般論だと念を押す。
「よく食べる残念美人」
前置きのおかげか、怒りはしなかったフェルナンだったけれど、明らかに機嫌が悪くなっている。
「くだらない」
吐き捨てるように言うフェルナンに、カーティスも同意する。彼もまた、たとえ令嬢らしからぬ姿だったとしても、陰でそれを揶揄するような男は最低なやつだと思っていた。
「本当にね。で、どうなの?ジェシカ嬢とは」
打って変わって、明るく健やかな笑みを浮かべてみせたカーティスに、彼の性格をよく知っている団員は思った。いくらイケメンが健やかに微笑んでみせても、絶対的な腹黒さが漏れ出ていると。
あくまでそれはカーティスを知っているから思うことで、そうでない女性たちはこの笑みに騙されて彼になびいてしまうのだ。まあ、カーティスのこと。後に面倒を起こすような終わり方はしないのだが。
「ジェシカとは、昨日、婚約した」
「……は?」
ここ最近一の爆弾投下に、さすがのカーティスも間の抜けた顔になる。
……………………
「「「ええええええーーーーーーーーー」」」
数秒の空白の後、居合わせた全員が驚きの声を上げた。
「マジで?」
「そこまで進んでたのか!?」
「だから今朝の機嫌の良さ?」
我に返った団員達が口々に言う様を、フェルナンは余裕の表情で眺めていた。それもそのはず。独身を貫いてきた自分が、やっとこの人だという女性に出会い、短期間で婚約までこぎつけたのだ。全て自分の思い通りに。いや、思っていたよりも早かったかもしれない。
口々にいろいろと聞いてくる団員達に、フェルナンはジェシカとのこれまでを語って聞かせた。もちろん、彼女の不名誉になるようなことは除いて。




