夜会は親しい友人たちと共に 2
「さて、ジェシカ。スイーツを食べるためには……」
「ダンスに応じることね!大丈夫。忘れてないわ」
マーカスは近くでジェシカに声をかける機会を伺う男性陣を目の端に捉えながら、オリヴァーがしつこく言ってきた手前、形だけでもジェシカを諫めておこうと確認していた。
「それに、ロジアン夫人にも誘われてるもの。スイーツを堪能するためにも頑張るわ」
「そうかい。それじゃあ、行っておいで」
頑張る方向性は、それでいいのか……
そんな疑問を呑み込んで、友人に招かれた夜会ぐらい好きに楽しませてやりたいと、娘の背中を押した。
「珍しいわね」
「うっそ、王室の開く夜会でもないのに?」
「ほら、ロジアン夫人と前に……」
そのざわめきはジェシカにも届いており、父と共に女性陣の注目を集めている方向へ視線を向けた。頭一つ分飛び出したその人の前には、特に何もしていないというのに、自然と人一人分の道が開かれていく。
「モーゼみたいね」
と呟いたジェシカの声は、誰の耳にも届かなかったようだ。女性陣はその人物に声をかけたいのだけれど、その隙が見つけられず手をこまねいている。その間にその人は迷いなく進んで、本日のホストであるロジアンとにこやかに挨拶を交わした。そろそろ声をかけても……とそわそわする女性たちに全く気が付かないのか、するりと身をひるがえすと、また同じように開けた道を迷いなく進み、ジェシカの前で足を止めた。
ジェシカよりも高い位置にあるその顔を見上げると、にやりとされた。
「モーゼじゃないぞ、ジェシカ」
それほど大きな声でもないのに、静まり返っていたこともあって〝ジェシカ〟と親しげに呼んだ声は、ばっちりと聞かれていた。
「フェルナン様!!聞こえちゃってたかしら?だって、あなたの前にサッと道が開けるんですもの」
「口の動きでバレバレだ」
「まあ怖い。フェルナン様の悪口は、声に出しても出さなくてもバレてしまうのね」
おどけて言ってのける娘に、マーカスはおろおろするばかり。いや、ハラハラというべきだろうか。
「私の悪口だと?心外だな」
「冗談ですって」
くすくす笑うジェシカに、マーカスが頼りなさげな声で呼びかける。
「ジェ、ジェシカ……」
戦の鬼と言われたフェルナン・タウンゼンドと知り合いだと聞かされていたけれど、ここまで親しい仲だとは思っていなかったマーカス。さすがに失礼なのではと、心配になってしまう。
「ジェシカ嬢のお父上ですね?」
「は、はい。先日もそれより以前も、娘がお世話になりまして……」
「お世話だなんてとんでもない。彼女は気持ちよく付き合える人でしてね。親しくさせていただいてます」
「そ、そうですか」
どうとでも取れてしまうフェルナンの言い方に、再び周囲が騒がしくなる。
「付き合いって……」
「親しくって……」
それは友人としてなのか、それともそれ以上の仲だというのか。詳しく知りたいのに、この迫力のある騎士団長を前にして、そんなことを気安く聞ける強者はこの場にいなかった。
「ジェシカ、私と一曲踊ってくれないか?」
「う、うそ……」
「あのフェルナン様が、自ら申し込んだわ」
フェルナン・タウンゼンドと言えば、夜会嫌いで有名な人物だ。どうしても断れないもの以外は一切出席しないのに、それが今夜一公爵家の主催の夜会に参加している。それだけでも驚きだった。それなのに、めったに踊らない彼が自ら女性を誘ったものだから、一部の女性たちからは軽い悲鳴が上がったほどだった。
「ええ、もちろん」
ためらうことなくにっこりとほほ笑むジェシカは、誰もがうらやむほど美しかった。
「お父上、お嬢さんをお借りしても?」
「ど、どうぞ」
断れるはずがなかった。いや、断ろうとすら思わなかった。
34歳の大人の男であるフェルナン。人柄は申し分ない。友人として娘を誘ってくれるなど光栄なことだと、その迫力に驚きつつも承諾した。
ジェシカがフェルナンの差し出した手に自分の手を添えると、二人はそのままマーカスからも見える場所でポーズをとった。もちろん、フェルナンの配慮からこの場を選んでいる。これまで見て来た夜会での様子から、父親が見守れる場所がよいだろうと。
「ふふふ。フェルナン様とおどれるなんて、思ってなかったです」
「そうか?私は次にジェシカと夜会で会ったら、誘おうと思っていたが」
「まあ」
二人してにこやかに踊る姿は、周りの注目を一手に集めていた。
一体、どういう関係なのかと、聞きたいけれど聞けないもどかしさ。そうやきもきする集団と少し離れたところで、父マーカスは友人二人に迫られていた。
「マーカス、ジェシカちゃんと騎士団長って、一体どういう関係なんだ?」
挨拶もないまま切り出すのは、親しい間柄であることの証拠。質問にも遠慮がない。
「あの戦の鬼と、ジェシカちゃんって……」
「あ、ああ。正直、私も驚いているんだが……娘曰く、団長殿とはお友達なのだそうだ」
「はあ?お友達だと」
「なんでそんなことに!?」
この友人二人にも年頃の息子がいる。マーカスとは長い付き合いで、お互いのことをよくわかっているし、娘のジェシカはとにかく美しい。ぜひうちの嫁にと申し出ようと目論んでいたところだった。そろそろこの親子に話をしようとしていたところで、他の男にジェシカを連れ去られてしまったのだ。しかも、かなりの大物に。
「なんで、なんだろうなあ?以前、息子と出席した夜会で、親しくなったようなんだが……」
「なんだ、煮え切らない」
「私にも、よくわからないんだよ。娘から団長殿と知り合いになったとは聞いていたが、まさかここまで親しくなっていたとは」
「はあ……まさか、このまま婚約とかないよな?」
「こ、婚約……」
友人二人に交互に追及され、何とも居心地の悪い思いをしているマーカスは、もはや何が何だかわからなくなっていた。
「婚約だと!?」
「嘘だろ。本当にか!?」
ひそかに耳を澄ませていた近くの面々も、一様に驚愕した。
「いやいやいや。あのフェルナン騎士団長だぞ」
「あっ、ああ、そうだね。いや、よくしてもらってるだけだよ」
本当かよと疑わしげに見てくる友人の視線を交わし、マーカスは生き生きと踊るジェシカを見つめた。




