夜会は親しい友人たちと共に 1
今日も今日とて、ジェシカは夜会に参加することになっていた。付き添いは父マーカス。弟のオリヴァーは、学校の関係でどうしても都合がつかず、その代打に父が……
いや、代打がオリヴァーであって、父が付き添うのは当然だ。
「いいですか、父上。姉さんから目を離さないでくださいよ」
「わかっているよ」
「ダンスを申し込んでくる相手も、ちゃんと見極めてください」
「わかっているよ」
父に対するにはいささか厳しく、ともすると失礼にもあたりかねない物言いのオリヴァーだったが、マーカスとて、彼が自分のことを見下しているわけでないことぐらいちゃんと理解している。そして、一見冷淡そうに見えるこの長男が、実はジェシカに負けないぐらい家族思いなことも。
〝ちゃんと見極めてください〟などとわざわざ言ったものの、オリヴァーは父の人を見る目を信頼している。人の良すぎる父だが、これまで一度も騙されるようなことがなかったのは、まさしく彼に人を見る目があったからだ。しかしそれは、マーカスが意識して相手を選別しているわけではない。無自覚の内に付き合う相手と避けるべき相手を認識し、無意識のうちに避けるべき相手から遠ざかっているのだ。
それに対して、ジェシカもまた父とは違った能力のようなものがある。人を見極めるマーカスに対し、ジェシカは誰の懐にもひょいっと飛び込めてしまい、そこそこ気に入られるなんてことは往々にしてあることだ。まさしく、フェルナン騎士団長とロジアン夫人がそれだ。
そう捉えているオリヴァーは、だからこそ、姉が飛び込むべき相手をきちんと見極めて欲しいと思っていた。
「それに、ちゃんと踊ったら、常識の範囲内で食事をさせてあげてもいいんだったよね?」
「ええ、そうです」
会話だけを聞いていたら、どちらが親なのかと思ってしまうやりとりだけれども、ミッドロージアン家ではいつものことだ。
「ただし、姉さんにとっての常識はいささか他とずれがちなので、そこも父上が目を配ってくださいね」
「ああ、わかっているよ」
言うべきことは言った。それでも、心配は完全にはぬぐい切れない。オリヴァーも、なにも姉に意地悪をする気持ちなどみじんもない。本当は自由でいて欲しいと思ってしまう自分もいる。けれど、姉の将来を考えたら、それでいいわけがない。
頭をかすめるのは、先日姉が言った言葉。
―――残念だろうとなんだろうと、これが私なの―――
姉の本心が、まっすぐに刺さってきた。いろいろと制限してしまうことを、申し訳ないとも思った。だから、以前のように姉から完全に自由を奪うようなことはやめたのだ。
「ジェシカお姉さま、ネックレスはこっちがいいわ」
「髪はサイドをたらしたらどう?」
おしゃれに目覚めた双子の妹のエイミーとフローラは、今夜こそ準備を手伝わせて欲しいと名乗り出てきた。いつもなら、自分と侍女のカーラでやってしまうところだけれど、可愛い妹達が手伝いたいというのなら、拒むなんてしない。
「まあ、二人ともセンスがいいのね。カーラ、ドレスの色と合いそうね」
「ええ、ええ、そうですね。お二人のおかげで、ジェシカお嬢様がますます美しくなりますわね」
カーラにも認められれば、双子達は大喜びするだろうと、ジェシカはわざわざ聞いていた。カーラの方も、ジェシカのその意図をちゃんと理解していて、求められた通りどころかプラスαの答えを返す。
「「本当!?」」
思った通り、エイミーもフローラも嬉しそうな顔をした。
もちろん、二人の提案をそのまま受け入れないこともある。さりげなくさらに合うように変える。けれど、そんなものは二人に見えなければいいのだ。双子達がおしゃれを楽しんで、数年後に自分達も夜会に参加することを楽しみに思ってくれたら、姉として嬉しい限りだ。
「さあ、ジェシカ。行こうか」
今夜参加するのは、ロジアン夫人が主催する夜会だ。本来、貧乏貴族のミッドロージアン家が参加できるようなものではない。身分差もさることながら、年代的にも出会う機会などそうそうない相手だ。
それでも今宵ジェシカ達が招待されたのは、先日ジェシカと夫人が〝お友達〟になったがために、ぜひにと招待されたのだ。
「ええ」
「まずは、夫人に挨拶をしないとね」
父にエスコートされながら、招待客の間へ足を踏み入れる。今日のジェシカは、自分の瞳と同系統の深い緑色のドレスを身にまとっている。先日着た青いドレス同様に、ともすると地味になりがちな色味だけれど、濃い色合いはジェシカの白い肌やストロベリーブロンドの髪をより美しく際立たせ、とてもよく似合っていた。
友人の招待とあって、今宵のジェシカは料理に執着するだけでなく、ロジアン夫人と話せることも楽しみにしていた。なにせ、貴族の女性で唯一親しく話せる相手なのだから。主に、スイーツ談義だが。
そんな期待に瞳をキラキラさせたジェシカは、やはり人目を集めていた。一回目に参加した夜会で〝残念美人〟などと不名誉なあだ名をつけられたジェシカだったが、二回目の夜会でロジアン夫人やフェルナン騎士団長と親しげにすごす様子が目撃され、再び株を上げていた。彼女とお近づきになれば、結婚相手に選ばれるかどうかはともかく、ロジアンやフェルナンといった大物とのつながりも持てるのではないかと。
おまけに今夜は、あの冷たく鋭い視線で牽制する男ではなく、なんとも取り込みやすそうな父親がエスコートしている。
チャンスだ。今夜は絶対ダンスを申し込む!それが無理でも、せめて一言話すだけでもと、多くの男達が狙っていた。
「ロジアン様、こんばんは」
父が挨拶をと口を開くより先に、ジェシカがなんとも軽い挨拶をしてしまった。ロジアンが王家付きの厳しい教育係だったと知っているマーカスは、さすがに娘の言動を制するべきだと判断した。
「まあ、ジェシカさん!!よく来てくれたわね」
ところが、どうだ。同じような調子で気やすく返すロジアンに、マーカスはジェシカを止めることをためらった。
「お招きいただいて、ありがとうございます。ジェシカの父の、マーカス・ミッドロージアンと申します」
「ようこそ。ジェシカさんは、私の友人ですからね。来てくださってありがとうございます」
どうやら娘の言う〝お友達〟というのは本当で、自分が思ったよりもずいぶん打ち解けているようだと、マーカスはわずかに肩の力を抜いた。
「いつもジェシカがお世話になっております。なにぶん自由な娘なので、ご迷惑をおかけしてないとよいのですが……」
「迷惑だなんて、とんでもないわ。ジェシカさんには、以前お会いした時に助けていただいたのよ。感謝していますわ」
これがあの厳しいことで有名な人物なのかと、半信半疑になるマーカスを気にすることなく、ロジアンはジェシカをかなり親しい仲なのだと語った。周囲の人々もさりげなく耳を傾け、驚きに満ちた顔を隠せずにいる。
「ジェシカさん、また後で一緒にスイーツでも……今夜は食べてもいいのかしら?」
少しだけ意地悪な物言いに加えて笑みを浮かべたロジアンは、まるで少女のように見えた。彼女はこれまで、人前でそんな隙のある姿を見せたことがなかっただけに、目撃した人は一様に目を見開いた。
尋ねられたマーカスは、驚きながらも〝もちろんです〟となんとか返していた。
「楽しみです。ぜひ、ご一緒しましょうね」
誰もが思わず身構えてしまうロジアン相手に気やすく接するジェシカを見た周りの人々は、ますます驚いていた。




