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噂の美人令嬢の実態 3

その後も作業を再開した騎士達を眺めつつ、ジェシカと子ども達は室内遊びを楽しんでいた。


「いけない、もうこんな時間だわ」


自分が当初思っていた時間よりも遅くなってしまったことに気付いたジェシカは、慌てて帰る支度を始めた。途端に寂しそうにする子ども達を“またすぐに来るわ”となだめるも、その表情はすぐれない。何回繰り返しても慣れることのない光景に、ジェシカは毎回胸を締め付けられてしまう。


「そうだわ。ちょうどリンゴがなっていたわよね?今度はそれを使ったお菓子を作ってくるわ」


できればアップルパイを作ってあげたいところだけれど、それは材料費がかさんでしまう。ならば、リンゴを入れた蒸しパンがいいかもしれない。ドライフルーツを作っておくのもいいわね。それなら、少し多めにリンゴをもらって……


そうと決めたら、ジェシカの行動は早かった。早速許可をもらうと、他の職員が“脚立を……”と動き出すよりも早く駆けていく。もちろん、職員達もジェシカならそうするだろうとわかった上で、一応脚立をと言ったにすぎない。


子ども達の前だ。さすがにスカートではまずいとジェシカでも思ったのか、移動する途中で、共有の衣類としてしまわれていた男児用のズボンにするりと履き替えた。小柄なジェシカのこと。ちょうどよいサイズ感だ。その姿を見た大人達は、“いつものことね”と苦笑する。


おもしろ半分でついてきた子ども達に籠を持たせると、ジェシカはするするとリンゴの木に登った。この木には幾度となく登っている。すっかり慣れたもので、職員達は危なげなく見ていられる。

実を採っては籠係の子どもに手渡すこと数回。これぐらいでいいだろうと木を降りることにした。


「手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


難なく地に足をつけながら籠係に伝えたお礼に、思いもしない低音で返されたジェシカは、驚いて顔を上げた。


「団長さん!?」

「ああ」


フェルナンの腕には、最初に籠を預けておいたライリーが抱えられていた。これは一体どういうことかと首を傾げるジェシカに、ライリーが得意げに言う。


「途中からね、抱っこしてくれたんだよ」


そういえば、何個目からか届けに降りる距離が短かったような……と、ちらりとフェルナンを見上げるジェシカ。

(そうか。団長さんのおかげね)


「団長さんも、ライリーもありがとう」

「ああ」

「うん」


(この状況を見られていたと気付いても、全く動揺しないんだな)

フェルナンは心の内で苦笑した。



「それじゃあ、次はリンゴのおやつを期待していて」


すっかり陽が傾いた頃、ジェシカはみんなに別れを告げた。先ほど収穫したリンゴは、隣を歩く大柄な男が手にしている。


「団長さん、すみません」


遅い時間に女性の一人歩きは、たとえ慣れ親しんだ土地でもよくないと、フェルナンがジェシカを自宅まで送り届けることになったのだ。乗ってきた馬を使ってもよかったのだが、それほど遠くないからとジェシカが遠慮したため、二人で歩いているところだ。途中、フェルナンの軽い追及に、実は昔、馬から落ちたことがあって少し苦手だと白状すると、声を上げて笑われてしまった。


「木登りが得意な令嬢が、乗馬が苦手だとは。予想外だったな」

「もう!こうなったら、絶対に馬に乗れるようになってみせるんだから」


思わず返したジェシカに、フェルナンはもう一度笑い声を上げた。


「まあ、馬はともかく、ジェシカ嬢は菓子まで作れるんだな」

「団長さん、ジェシカ嬢だなんて呼ばないでください!!オリヴァーから、あなたはすごい人なんだって、帰ってからも散々聞かされたわ。どうぞ、ジェシカと呼んでください」

「私のことも、団長さんではなくフェルナンと呼んでくれるのならな」


団長のことを名前で呼んでいいものかどうか。オリヴァーに叱られやしないか……と思ったジェシカだったけれど、いつまでも“ジェシカ嬢”なんて呼ばれるのもむず痒くて嫌だった。逆に考えれば、“団長さん”なんて役職名で呼ばれるのも同じように嫌なのかもと思い至ったジェシカは、一人納得して頷いた。


「わかりました。それでは、フェルナン様とお呼びします。それで、お菓子作りはそこそこできます。うちは貧しかったので、弟妹達のおやつは私が作っていたんです。幸い、ここは小麦も果物もすぐに手に入るので」


「ほおう。さっきのクッキーも美味しかった。大したものだな」


てっきり、貴族の娘がお菓子作りだなんてと悪く取られるかもと少しだけ身構えていたジェシカは、フェルナンの予想外の反応に思わず隣を見上げた。


「はしたないとか、言わないんですか?」

「どうしてだ?」

「だって……」


自分のしてきたことは、生活をしていくために必要なことばかりで、ジェシカ自身は少しも恥じていない。けれど、キッチンに立ったり木に登ったりするのは普通じゃないことも、ちゃんと認識していた。それなのに、隣を歩く厳ついフェルナンは、“大したものだ”の一言で受け止めてしまう。そのことに当惑するジェシカに、フェルナンはさらに続ける。


「確かに、ジェシカの行動は他とは違うかもしれない。が、ジェシカが作ったクッキーは、子ども達を笑顔にしていた。十分価値のあることじゃないのか?」


その言葉に、なんとも言えない嬉しさを感じたジェシカは、滲んでくる涙を必死に堪えた。今口を開いたら、思わず涙がこぼれてしまいそうで、自分を認めてくれたフェルナンに、何も返すことができずにいた。


「ついでに、騎士達のその後の意欲にもつながったかな。なんといっても、あの噂のジェシカ嬢の手作りクッキーを食べられたなんてと、ずいぶん浮かれていた」


ん?噂って、もしかして……


「バ、バキューム令嬢……」


「ん?バキューム……くくく、そういうことか。そのあだ名は初めて聞いたな」


以前の夜会を思い出して笑うフェルナンに、ジェシカは顔を真っ赤にした。


(違ったの?やだ、私ったら。いらない恥までかいてしまったわ。これがオリヴァーに知られたら、どんな嫌味が返ってくることやら……)


「私はよいと思う」

「え?」


なんのことだろうと隣を見上げると、柔らかくほほ笑んだフェルナンが自分を見下ろしていた。


(この方、こんな優しい表情もできるのね。戦の鬼だなんて想像もできないわ)


「私が言った噂というのは、社交界になかなか姿を見せない、謎の美人令嬢のことだ」

「は、はあ」

「ジェシカが病弱だとか、人見知りだとか、勝手に噂をして都合よく捉えていた男達がずいぶんいたようだな。実際のジェシカは、夜会で料理に目を奪われて、自宅では身の回りのことだけでなくお菓子作りまでこなす。それが令嬢として普通かと聞かれたら、はっきり言って普通じゃない。そんな令嬢は見たこともない」


(ですよねぇ。オリヴァーには、領の外でそんな素振りは絶対に見せるなって言われているし)


「だが、私はそれでいいと思う。ジェシカらしくて」

「私らしくて?」

「ああ。そういうジェシカだから、子ども達が慕うのだろう。それに、あの厳しそうなオリヴァーも、なんだかんだ言ってジェシカの幸せを願っているのは、ジェシカがこれまでしてくれてきたことへの恩返しのようなものだろう」

「で、でも、こんなガサツな娘では……」

「見初めてもらえないって?」

「……ええ」

「自分を偽って嫁ぐことは、ジェシカにとって幸せなことか?」


自分を偽って……

確かに、家のことをこなすのは楽なことじゃない。けれど、大切な家族のためにと思えば、嫌なことでもなかった。家族は必ずお礼を伝えてくれるし、双子達も手助けしてくれるようにもなった。

もう何年もこんな生活をしてきたのだから、これが自分なのだと思う。正直、オリヴァーが口酸っぱくいろいろと言ってくるのも、彼なりに私のことを思ってのことだと理解はしているけれど、窮屈でもあった。


その窮屈な中で一生暮らすのだとしたら、それは本当に自分らしくいられるのだろうか?

ううん。きっといつか嫌になってしまう。嫌だ嫌だと思いながらの生活をしていて、自分は幸せだと、家族に胸を張って言えるのだろうか?


「窮屈、でしょうね」

「じゃあ、自分らしくあればいいんじゃないか?」


それはすごく安心する言葉だった。


けれど、素直にそれでいいとも思えない。


「でも、それで誰にも嫁げなかったら……」

「ジェシカは結婚したいのか?」


結婚は、したいとかしたくないの問題ではない。貴族に生まれた義務のようなもので、考えるまでもないことだ。

でも……そういえば、フェルナンは自分より年上だけど未婚だったはず。


「しなくちゃいけないものだと思ってます。でも、フェルナン様は未婚だわ」

「おっと。それは私に対する仕返しか?」


おどけて答えるフェルナンの様子がおかしくて、少し沈んでいたジェシカは思わず声を上げて笑った。


「まさか。戦の鬼様に、仕返しだなんてそんな恐ろしいこと」


同志に仕掛けられたのなら、切り返してもいいはず。ジェシカの中に、全く持って妙な自信といたずら心が広がっていく。

その根拠は、あくまで“同志”だということのみ。オリヴァーがいたら、どれだけ叱られることか、なんてことはジェシカの頭の中になかった。


「言うなあ」

「これが私ですから」


ふふんと得意げに鼻を鳴らしてツンと顎を上げたジェシカに、“まいった”とフェルナンが苦笑した。


「あら。私、戦の鬼様に勝ってしまったわ」


容赦なくとどめを刺すジェシカを見て、もう耐えられないというようにフェルナンが笑い声をあげた。




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