第九話『再会』
「これが…帝都…」
思わず、呟いてしまうほどに。
街には、着物姿の人だけでなく西洋の服を身につけてた者も多数いる。
どこからか漂ってくる珈琲の香り、焼きたての香ばしいパンの匂い。
若者を中心に、ハイカラな身なりをした女性達。
同い年のはずなのに、彼女達は弾けんばかりの笑顔。
藤乃には、自然に出すことのできない表情だ。
「藤乃。斑目家はもう着いているはずだ。参るぞ」
「は、はい…お父様」
藤乃にとって珍しい建物を見ていると、後ろから呆れたように口を開く当主。
建物を見るのを辞めて当主の後ろをついて歩く藤乃。
ホテルの入り口へ近付くと、くるくると回る回転ドア。
当主は難なくドアの流れに沿って、中へ入る事ができた。
「っ…お、お父様っ…ま、待って…」
しかし、回転ドアを初めて見た藤乃は当主の後に続く事ができなかった。
藤乃の声は当主に届かず、振り返る事もない。
藤乃がなかなか中に入る事ができずにいると、後ろにいた者が次々に中へ入って行った。
他の者が滞りなく進む為、ホテルの係の者も藤乃の戸惑いに気付かない。
時折、中は入れない藤乃の事を軽蔑したような目で見る者までいた。
その視線に、罪悪感と無力感で押しつぶされそうになっていた。
その時。
「失礼。何かお困りでしょうか?」
「…え?」
隣から全身を黒で包む制服を着た長身の男に声を掛けられた。
「あ…いえ。その…」
回転ドアを通れない、と初対面の男性に伝えられなかった。
皆が当たり前のように通るドアを通らないと言えば、この男性の笑顔もきっと消えて蔑むような顔になってしまう。
藤乃がちらり、とドアの方を見るだけで口を閉ざしていると男性もドアを見て顎に手を添えた。
「ご令嬢。申し訳ないが、手を貸して頂けないだろうか」
「え…? 手、ですか…?」
男性に言われ、藤乃はじっと自分の手のひらを見つめた。
「このドア、実は二人でないと通れないのです。近代のもので、効率を重視しているとか」
「そ、そう…なのですか…?」
男性がそう言うと、戸惑いながらも信じた。
男性が回転ドアの方を指せば藤乃も釣られてそちらを見た。
「ほら。止めどなく人が出たり入ったりするでしょう?」
「た、たしかに…」
「生憎、俺は一人です。だから、入れなくて困っていたんですよね。ですから、人助けだと思って」
男性の説明は、納得する程のものだった。
藤乃が釣られてこくりと頷くと、男性が手を差し出した。
藤乃は戸惑いながらも手を差し出した。
男性の大きく角ばった手は、藤乃の手を優しく包むように握った。
「ありがとう。それでは、参りますよ…?」
「は、はいっ…」
男性の合図で、同じように足を出すと二人の体は回転ドアに入った。
「わっ…入れた…あっ」
安堵から思わず口に出すと、藤乃は片方の手で口元を押さえて男性を見た。
「ご令嬢のおかげだ。ありがとう…さぁ、出ますよ」
そう言うと、男性は微笑んだ。
藤乃の背を軽く押してタイミングを教えて手を離した。
「あ…ありがとうございま…あれ…?」
ホテルの中に入り、男性に礼を伝えようとした。
しかし、彼はホテルの中へ入る事なくそのまま外へ出てしまった。
外へ出た彼が、藤乃と目が合うと優しく微笑んで会釈をした。
(まさか…私が入れないのが分かって、それであのような事…?)
外へ出て、二度と会わないであろう彼に確認出来ず、彼の背中はどんどん遠くなった。
「藤乃。何をしている、早く来い」
「は、はい…」
当主から声を掛けられると、藤乃は初めて外の人に優しくされ心が温かくなった。
その思いが、これからの縁談も上手くいくことを助長している気もした。
「隊長。丸腰で何をやってるんですか」
一方、外へ出た男性へ近付いたのは腰に刀を携え、手には男性の刀を持った男。
「あぁ、悪い。ちょっとな」
「隊長。この隙に反国側が仕掛けて来たらどうするんです。応戦できないでしょう」
「まぁまぁ。若い女性にこんなもの身につけて声を掛けたら、怯えさせてしまうだろう」
男から受け取った刀を腰に携えながら言った。
「若い女性って…まさか、いつもの人探しですか」
「あぁ…って、あ。名を聞かなかったな…」
男性が残念そうに言うと、もう一人が呆れたように口を開いた。
「きっと違いますから、大丈夫です。それより、早く戻りますよ。会長も報告を待ってますから」
「待て。人の多い中心部だ。もう少し…あ。近くの甘味処へ参ろう。あそこならすぐ食して帰れる」
「…またやるんでしょ、人探し」
隊長が十年間続けてきた”人探し”が、もうすぐ終わりを告げようとしているとは、この時誰も想像していなかった。




