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第八話『帝都』

「っ…私、寝てた…?」


どれくらいの時間眠っていたのか分からないが、布団の中に入るとあっという間に夢の世界へ入っていたようだ。

そして、ハッと目を覚ますと眠ってしまったことに慌てた。


「…藤乃ちゃん」

「は、はいっ…」


襖越しに声を掛けられると、慌てて返事をして布団から飛び起きた。

藤乃の返事に使用人が襖を開けた。


「もう…今日くらい良いの」


藤乃の慌てる様子にくすりと笑う使用人。


「そろそろ準備しましょうか。私達が、とびっきり藤乃ちゃんを可愛くするわね」


そう言うと、襖を全開に開けて他にも二人使用人がいた。


「可愛くなり過ぎて、見合い相手どころか他の人も藤乃ちゃんに釘付けになるかもね?」

「ちょっと。それじゃあダメじゃない」


冗談を交えながら賑わう会話に、藤乃も笑みが溢れた。


「さっ! 始めるわよ」


使用人がそう声をかけると、まずは布団を片付けた。

藤乃を化粧台の前に座らせて、うっすらと化粧をし始めた。

髪を結い、どんどん整えられていく中、使用人達は藤乃の後ろで口々に開いた。


「この髪飾り良いんじゃない?」

「あら、今日初めてお目にかかるのにそれじゃあ地味でしょ」

「うーん。それじゃあこっち? あら、どっちも似合うわね。藤乃ちゃんはどっちが良い?」

「え、えっと…それじゃあ、私は…」


藤乃が指定した髪飾りで仕上げた。

着物を選ぶ時も、また藤乃の後方で盛り上がっていた。


「黄色いいんじゃない? お日様のようだもの」

「それより、赤を基調とした花柄の方がいいわよ。素敵じゃない」

「もう、二人とも。藤乃ちゃんにはこれがぴったりでしょう?」


自分の為に、それほど真剣に選んでくれる使用人に嬉しくなると口元が緩んだ。


使用人が選んだのは、シンプルだけれど高貴な藤色の着物。


「…あら」

「確かに、藤乃ちゃんらしい」


藤乃の名前にも入っている『藤』がピッタリなのと、彼女のイメージによく似合っている事から皆の意見は一致した。

使用人達は、美しく着飾った藤乃の姿を見て、満足そうに何度も頷いた。


「まぁ…! 本当、可愛らしい…」

「ほんとねぇ。でも、寂しいわ…これじゃあ、本当に嫁いで行っちゃうんだもの…」


藤乃を見て、しみじみと思っているとまだ会ってもいない相手の元へ嫁ぐ事を想像し、涙ぐんでいた。


「みなさん…本当にありがとうございます」


胸いっぱいに幸せな気持ちになると、深々と頭を下げる藤乃。


「ちょっと、それじゃあ本当に今日が最後みたいじゃない」

「藤乃ちゃんはそれを望んでいるのよ…水を差すような事、言ってはいけないわ」

「藤乃ちゃん…どんな結果だとしても、私達は大歓迎だから…!」

「辛くなったら、いつでも帰っておいで」


藤乃にそう伝えると、再度藤乃は頭を下げて当主の元へと向かった。


「…お父様。藤乃、用意が整いました」


当主の書斎の襖の前に正座をして外から声をかけると、中から短く返事が聞こえて襖が開いた。


「参ろう。下に車を呼んである」

「ーーはい」


藤乃と目を合わせる事もなく、三歩先を歩く当主。

使用人が褒めてくれた姿に触れる事など勿論ない。

伏し目がちになりながら玄関へ向かえば、向かい側から佳乃が歩いて来た。


「お父様、お姉様。いってらっしゃいませ」


当主の手前、塩らしくそう言っていたが藤乃とすれ違いざまぼそりと呟いた。


「馬子にも衣装、といったところですね。着物が一人歩きしているようですけれど」


意地悪く、にやりと口角を上げる佳乃。


『とても素敵よ』

『すごく可愛らしいわ、藤乃ちゃん』


しかし、その瞬間藤乃の脳裏には自分の為に時間を費やしてくれた使用人、綺麗に仕上げてくれた事、今までお世話になった事ーー色々なことが頭をよぎった。


「あ、あのっ…」


佳乃が通り過ぎようとした瞬間、思わず声が出た。

このような事は初めてで、佳乃は少し目を大きく見開き息を飲んだ。


「…何かしら、お姉様?」


しかし、すぐにいつも通りの笑顔になった。

ただ、藤乃だけに見える佳乃の表情は黒く凄まじいものだった。

その表情に、ビクッと肩を振るわせると藤乃は俯いた。


「い…いえ。なんでも…」

「…そう。お姉様、頑張ってくださいね?」


満足そうに微笑むと、そのまま自室へ戻っていった。


「旦那様、藤乃様。本日はよろしくお願いいたします」


屋敷から出て、階段を降りた先に停まっている黒の高級車。

当主と藤乃が降りてくると、後部座席を開けて一礼をした。


「あぁ」

「よろしくお願いします」


二人が車に乗ると、運転手も乗り込み走り出した。

車に乗って遠くへ行くという経験は、藤乃にとって初めての事。

早く流れていく景色を不思議に呆然と見ていると、当主が口を開いた。


「藤乃。斑目家は大変、お前の事を気に入ってるそうだ。余程の事をしない限り、この縁談は上手くいく」

「…はい」


当主の言葉に、弱々しく返事をした。

車窓から見える景色が、自然豊かな緑から機械的で人口が増えていくと、だんだんと目的地に近づいている事を察した。

街並みを見るのを止めると、重厚で苦しい空気が続いた。


「…お待たせいたしました、当主様、藤乃様。こちらになります」


車が停まり、運転手がそう告げた。

運転手が降り、車のドアを開けると目の前に立ちはだかる大きな建物。

思わず見上げると、その建物は首が痛くなるほど高かった。

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