表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/14

第七話『縁談前』


「藤乃」


当主と二人でいると、過去の事を思い出してしまう。

過去に母が追い出された事で、藤乃にはいつか自分も同じ事をされるのではという恐怖でいっぱいだった。


「は、はいっ…」


返事をすると、声が震えてしまう。


「今日の縁談、必ず成功させて来なさい。そうすれば、藤乃にとって一番の功績だ」

「…はい」

「やはり、娘で良かった。能力がなかったとしても、良縁の架け橋となるのだから」


当主が藤乃を今日まで水瀬家に残した理由。

それは、水瀬家の利益の為。

父から愛されていると思っていた時もあった。

しかし、そういうわけではない。

七歳を過ぎても能力が開花する極稀な例に望みを託していた。

しかし、その期待は一日、一年と時を重ねるごとに薄れていった。


「…はい。勿論でございます」

「もし破談になっても構わん。水瀬との縁を望む家は他にもある…それなりのところで、落ち着けば問題はない」

「精一杯、務めさせて頂きます」


畳に手をついて深々と頭を下げると、御膳の準備を終えた事もあり部屋を出た。


「あら、お姉様。おはようございます」

「佳乃…様。おはようございます」


部屋から出ると、茶の間へやって来た佳乃に挨拶をした。

佳乃は、十年経って術に磨きがかかった。

早くも当主と互角かそれ以上の能力を身につけたと言われている。

更に、容姿にも恵まれて佳乃の事は帝都中で知らない者はいない。


「嫌だわ、お姉様。妹の私に様だなんて」


クスっと笑う佳乃。

藤乃が恐る恐る目を合わせると、佳乃はそっと耳元に顔を近付けた。


「まぁ…私とお姉様では格が違いますからね? 萎縮するのも分からなくはありません」

「っ…」


佳乃の言葉に、ビクッと肩を振るわせる藤乃。

再度、距離を離すとニコッと笑った。


「そんなに緊張なさるなんて…そうだ、今日はお見合いの日…なんでしょう?」

「え、えぇ…そう、です…」


佳乃がまた耳元に口を近付ければ、一層小声で呟いた。


「お父様と同じくらいのお歳だとか。お姉様って、そんなのにしか相手にされないって…本当、お可哀想」

「っ…!」


佳乃の言葉にぎゅっと唇を噛み締めた。


誰かと物語のような素敵な恋ができる事を望まないわけではなかった。

心が躍るような、そんな情熱的な恋ができるかもという可能性が頭をよぎらなかったわけでもない。

ただ、自分にはーー誰かを選り好みするような権利は、ない。


顔を離すと、また愛想の良い笑顔で口を開けた。


「頑張ってくださいね? お姉様の縁談話がまとまれば、一層水瀬家は地位が高くなりますっ。そしたら私も、もっともーっと術を磨きますね」

「え、えぇ…」


藤乃が歯切れ悪く返事をすると、佳乃はクスッと笑った。


「お姉様、襟元が曲がってます」

「あ、ありがとう…」


襟を正す為に、藤乃に一歩近づいた。

そして、クスりと嘲笑い口を開いた。


「せいぜい、おじさまに気に入られてくださいね」


そう呟くと、直した襟元を掴んで軽く押された。

体制を崩した藤乃に目をくれることもなく、茶の間に入っていった。

この会話、当主に聞かれるかもしれない。

藤乃への嫌がらせは、八歳の頃からずっと変わっていない。

そして、このやり口は他の人には知られていない為、佳乃の評判は鰻登り。


世間が知るのは、出来損ないの無能な姉と、水瀬家始まって以来の天才と称えられる妹。

それだけだった。


「まぁ、藤乃ちゃんっ!? まだ働いてるの!?」

「茶の間の準備をしておりました」


屋敷から出て、使用人の屋敷に戻るといつもより騒がしかった。

そして、藤乃を見つけるなり駆け寄ってくる使用人達。


「そうじゃなくて! 今日は縁談の日でしょう! それなのに、こんな朝早くにせっせと働いてちゃ疲れた顔で会っちゃうじゃない!」

「え…で、でも…」

「今日くらいは休みな! そのために、私ら全員休みを返上してるのさ!」


年配の使用人の圧に負け、自室に押し込まれる藤乃。


藤乃は、この屋敷でみんなと過ごす最後の日になるかもしれないと思っていた。

しかし、それは使用人達も同じ。

藤乃が最高の結果を残せるようにと働いてくれたのだ。


「私、何をすれば…」


七歳を過ぎた時から、家のためにと一生懸命働いてきた藤乃。

そんな彼女にとって、休まなければいけないという状況は酷だった。


「とりあえず…」


ぼそりと一人で呟くと、押し入れに片づけた布団をもう一度取り出した。

布団の中に入っても、そんなすぐに寝れるわけがない。

そう思っていたけれど、十分しないうちに寝息を立てた。

自分では気づいていなかった。

心も身体も、とっくに限界だったことを。

しかも、今日の縁談に緊張していることもあり、よく眠れなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ