第五話『十年後』
あれから十年の時が流れた。
「…よしっ」
午前四時。
陽が登り始め、辺りが照らされ始めた頃。
藤乃にとって、この屋敷で使用人として働くのも、おそらく今日が最後。
だからこそ、誰よりも早く身支度を整えた。
「…あら、藤乃ちゃん。おはよう…随分と早いわね」
「おはようございます、千代さん」
藤乃が一番に台所へ入り作業の準備をしていると、次に入ってきたのは使用人の千代。
千代は、幼い頃から藤乃を実の娘のように可愛がってくれた数少ない存在だった。
「いいのよ、今日くらい。もう一度お休みなさい…お昼から、でしょう?」
「えぇ、そうなんですけど… みなさんには随分とお世話になりましたから。今日くらいは、一緒に過ごす時間を大切にしたくて」
千代の気遣いに首を横に振る藤乃。
藤乃は十八歳になり、縁談の話が舞い込んだ。
相手は、幻術に長けている一族・斑目まだらめ家。
「藤乃ちゃん。本当にいいの? 貴女まだ十八でしょう?」
千代が心配するのも無理はない。
藤乃がまだ十八歳な事と縁談相手が四十代後半の男だからだ。
「もう十八、ですよ。それに、斑目一族と親戚関係になれるなんて…これ以上に水瀬家に貢献できる事はありません」
味噌汁をよそいながらそう答えた。
「藤乃ちゃん…あなた…」
「私…やっぱり治癒術を使えませんでしたから…せめて、斑目家に嫁ぐ事ができれば…あっ。そろそろ御膳の準備をして参ります」
一通りの作業を終え、他の使用人達が入ってくると千代との話を終えた。
そして、当主と佳乃が過ごしている屋敷へ向かった。
(千代さんが心配してくれるのは有難い…けれど、私にはこの道しか残っていない)
屋敷へ向かう足を一瞬止めると、着物の襟元をぎゅっと握った。
自分に残された最後の道を自覚しているからだ。
屋敷に入り、茶の間へ向かい食事ができる準備を始めていると、襖が開いた。
「お…おはようございます。お父様」
「…あぁ」
茶の間に入ってきた当主に深々と頭を下げて挨拶をした。
特に構う事なく席に座り、しばらく無言の間が続いた。
実の親子といえ、藤乃は当主に対する恐怖心で心の中はいっぱいだった。




