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第二話『格差』


八年の月日が流れた。

藤乃、妹の佳乃よしのは八歳になった。


「…お父様。処置は完了致しました。心拍も戻っておりますので、数日もすれば目を覚ますでしょう」


八歳にして、大人のような口ぶりでそう言い、当主である父に報告した。

父はこくりと頷いた後、佳乃と目が合うと柔らかい笑みを浮かべた。


「うむ…よくやった。さすがは佳乃。八歳でこれほど難しい治癒が出来てしまうなんて…お前は水瀬家きっての天才だ」


満足そうに伝えると佳乃も満更ではない顔をして、部屋を出た。

水瀬家の敷地には、生活をする屋敷、治療をする屋敷、使用人が生活する屋敷、離れがある。

佳乃が生活をする屋敷に向かっていると、パァンと乾いた音が聞こえた。


「何をしてるんだい! アンタは毎回毎回…!」


母である華恵が大きく手を振りかざし、乾いた音とともに、藤乃の小さな体は廊下へ弾き飛ばされた。

小さくほっそりとした体は飛び、廊下に叩きつけられた。

金切り声で怒鳴りつける華恵。


「…申し訳、ございません」


よろよろと立ち上がり、ぼそりと呟くが華恵の怒りはまだ収まらない。


「この無能が…っ! アンタのせいで、私までこんな生活になったのよ!!」


この八年で変わった事がある。

まず、藤乃の扱い。

本来、異能は七歳までに開花する。

しかし、七歳を迎えても藤乃には能力が見られなかった。


「朝から洗濯、掃除、炊事…!」


そして、華恵の扱い。

七歳を迎えても藤乃の異能は開花せず、水瀬家には失望が広がっていった。

やがて、その責任は華恵にも向けられ、ついには離縁を言い渡された。


「本来なら、私がすることじゃないのに…アンタのせいで!」


実家に出戻ることも出来ず、行く当てのない華恵は仕方なく使用人として働いている。


「本来なら、私は当主の妻だったのよ……!」

「お母様…また、お姉様をいたぶっていらっしゃるの…?」

「っ…佳乃…様…」


憎たらしそうに藤乃を睨んでいた華恵は、不意に声をかけられて肩を震わせた。

自分が生んだ子どもでさえ、『様』を付けて呼ぶ。


水瀬家の人間と、使用人にはこれ程の差があるのだ。


「お父様が身内の恥が一番嫌いなの…お忘れでしたっけ?」

「っ、も…申し訳ありません…だから、どうか…旦那様には…!」


佳乃がニヤリと口角を上げて尋ねると、華恵の顔は青白くなった。


「あぁ、離縁されたから忘れちゃいました?」


華恵を軽蔑した目で見ながら言うと、悔しそうな顔をしてその場を立ち去った。

未だに廊下で横たわっている藤乃に近付くと、佳乃はニコッと笑みを浮かべしゃがんで視線を合わせた。


「お姉様、大丈夫?」


そう声をかけると、むくりと無言で体を起こすとこくりと頷いた。


「お姉様って、ほんと…愚図でノロマ」

「…申し訳ありません」


目を逸らし、消えそうな程か細い声でそう言うと佳乃はニコニコおしたまま首を横に振った。


「勘違いなさらないで? お姉様は今のままでよろしいんですよ?」

「そう、ですか…」


佳乃の言葉を聞きながら立ち上がると、佳乃はまた口を開いた。


「えぇ、もちろん。だって、お姉様がそういう存在であり続ければ、私の評価は鰻登り。これからも私の引き立て役でいてね?」


嫌味を言うと、襖が開いた。

女中が佳乃の姿を確認すると、深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんが、お姉様を診て頂けませんか? 私は治療を終えて、今日使える能力がもう…」


先程までの態度とは一変、しおらしい態度で言った。

言われた女中は慌てて藤乃に駆け寄った。


「まぁ…! どうしたの、藤乃ちゃん。その頬…! 分かりました、佳乃様…藤乃ちゃん。こちらへいらっしゃい」

「…はい」


女中に手を引かれると、井戸に向かった。

井戸水を汲み上げ、手拭いを水につけて藤乃の頬に優しく当てた。


「っ…!」


痛みにきゅっと目を閉じた。


「ごめんね。痛いだろうけど、我慢して。大事なお顔に傷が残ってしまうから」


痛みに耐えながらこくりと頷く藤乃。


「またあの女かい…まったく、自分の子どもにこんな事をするなんて…信じられない」

「いえ、お母様は…」


女中が険しい顔をして藤乃を慰めようとした。

けれど、藤乃は首を横に振った。


自分の出来が悪いからと内心自分を責めていた。


「おやおや…そうだよね。母親の事、悪くなんて言われたくないわよね…。大丈夫、貴女には心優しい佳乃ちゃんがいる。佳乃ちゃんなら、きっと守ってくれるわ」


佳乃の裏の顔を知らない女中の言葉。

その言葉は、一層藤乃の心を苦しめていた。


「もうしばらく冷やしてなさいね? 夕飯の準備の手伝いは遅れてきていいから」


そう言うと、女中は炊事の為に屋敷へ戻って行った。

藤乃は一人、樽に汲まれた井戸水に映る自分をじっと見ていた。

腫れ上がった頬、水面に映る無能な自分。


「…私が悪いのがいけないの」


悲しくぼそりと呟いた。

そう言ってそっと頬に触れる。

触れた指先が熱く痛んだ。


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