6 守護者
レオンヴァルドはしばらく動けなかった。
紅蓮を抱えこみ、そこに額を押し当てたまま。
アスランは何も言わず茶を飲んだ。
キナが世界の秩序を書き換え、海底神殿から二人で生還したあの夜。
あの夜の自分が目の前にいると思った。
やがてレオンヴァルドが立ち上がる。
寝台に紅蓮を寝かせ、棚から酒瓶と杯を二つ取り出した。
「……付き合ってくれるか?」
「ああ。」
レオンヴァルドが琥珀色の酒をとくとくと注ぐ。
杯を持ち上げ、苦笑した。
「何に乾杯すれば良いのか、わからないな」
アスランが杯を持ち上げてにやりと笑った。
「魔女に。」
「……ああ。魔女に。」
杯がチンと澄んだ音を立てた。
アスランが一口飲んで、指を一振りした。
カランと杯の中に氷が浮かぶ。
「あ、いいな。俺にも。」
レオンヴァルドが杯を差し出す。
カランと氷を入れてやりながら、アスランが笑った。
「よくこうしてやったな、レオン。」
紫紺がハッと見開かれ、伏せられた。
「私は自分が、守護者の最後の生き残りだと思っていた。皆、逝ってしまったと。」
紫紺が項垂れる。
「特にお前とアウララは、何も遺らなかった。
弔ってもやれなかったと、悼んだものだ。」
レオンヴァルドの咽喉が、ぐっと詰まった。
「……すまない、アスラン……
けど、『守護吟遊士レオン』は、確かにあそこで死んだんだ。俺の写し身だった、栗色の髪と目の、バフを詠う、『表のレオン』は。」
アスランが無言で氷をカランと鳴らした。
「……何度も、思ったよ。会いに行こうかって……。
けど、俺は王になってしまった。次は自分が魔王になるかもしれない。それに、この紫紺の髪と目の、『裏』の俺自身は……写し身の記憶を持つだけの……お前の仲間だった者とは別の者なんじゃないかと思ったんだ。」
「……馬鹿者め。」
アスランが空になった杯を、タン、と置いた。
レオンヴァルドが琥珀を注ぐ。
「何故、写し身の術まで使って、魔王に叛いて私達に加担した?」
レオンヴァルドが手酌で杯を満たす。
ゆっくりと琥珀に喉を焼かせながら口を開く。
「……先王は、賢王だった。尊敬してた。呪いを知らなかった俺には当時、賢王がいきなり狂ったようにしか見えなかった。止めたかった。」
息を吐き、また琥珀を含んだ。
「……それに、守護者五人の力では魔王には届かないこともわかってしまった。俺はきっと……王を少しでも早く止めたくて、表に贖罪をしたくて、守護者になる道を選んだんだろうな……」
アスランがグラスを口に運ぶ。
ゆっくりと空色が紫紺に当てられた。
「……『守護者』のお前は……『死んだ』、か。」
レオンヴァルドが項垂れる。
「それでも。呼んでいいか。『レオン』、と。」
項垂れたまま、レオンヴァルドがこくりと頷いた。
そして、ゆるゆると視線を上げる。
空色を紫紺に映し、もう一度頷いた。
「……ああ、アスラン……」
男達の夜が更けていった。
二杯目を空にすると、どちらからともなく杯を置いた。
「送る。」
「ああ、助かる。お前の魔女は眠ってしまったからな。」
レオンヴァルドが小さく苦笑し、詠った。
「王の名に刻まれし
古き盟約において命じる
門の番人よ
次元の番人よ
位相を護り
点と点を正せ
束の間の眠りから目覚め、
我が道を示せ」
ありとあらゆる色彩を巻き込んだ渦が現れ、やがてぽかりと黒い門が開く。
目玉がニョッキリと顔を出した。
「客人を表まで送って欲しい。来た時は魔女の転移だったから、これで往復分だ。」
レオンヴァルドから紫紺の魔石を二粒受け取り、目玉がギョロリとアスランを見た。
「ア、オモテノ、ケンジャサン。マイドー」
「門の番人か……たまにチラリと目玉が覗いていたな。」
目玉がブンブンと頷く。
「イツモ、サケメ、フサイデクレテ、ドーモドーモ」
黒く細い、輪郭の崩れた手が、アスランを招く。
「イクヨー」
歩み出すアスランに、レオンヴァルドが言った。
「また、会おう。」
「ああ。」
アスランが、ふっと笑って、ひらりと手を振った。
その背を飲み込み、門が渦を巻いて収束し、消えた。
レオンヴァルドは一人、グラスを再び満たす。
まだ残っていたアスランの氷が、ころんと揺れた。




