5 演算済
レオンヴァルドは自室のソファに蟠っていた。
背もたれに肘を突き紫紺の髪をくしゃりと握り、人差し指がトントンと絶え間なく組んだ足を叩き続ける。
「とっとと迎えに行きなさいよ!」
アルダラの声が耳の奥に残る。
「契約満了の書類に署名が必要です。」
人事部長の声が脳内をグルグルした。
深い溜息と共に姿勢を変えたその時。
「レオォォォオンっ!!!」
何やら男を一人引き摺って現れた深紅が、
レオンヴァルドの胸に飛び込んで来た。
男を床に置き去りにして。
固まるレオンヴァルドの胸にしがみつき紅蓮は叫んだ。
「呪いはない!呪いは消えたんだって!呪いはもうないんだ!うわぁぁあん!」
無意識に紅蓮を抱え上げながら、レオンヴァルドは口をパクパクさせた。
「……呪いが……ない……?」
床の男が物憂げに立ち上がる。
「そうだ。呪いは消えている。」
紫紺と空色の目が合った。
そして、固まった。
会いたくて会いたくなかった、
「二の矢」がそこにいた。
二の矢が口を開いた。
「……レオ……ン……?」
「……ああ、我がこの国の王、レオンヴァルドである。」
「……アスラン……だ……。」
レオンヴァルドは重々しく頷き、目を伏せた。
「アスラン……とやら……紅蓮が無理矢理引き摺って来たのであろう。済まなんだ。が……聞かせてはくれまいか。『呪いが消えた』と言う話を。」
紫紺が再び空色に当てられた。
アスランが口を開き、閉じ、髪をくしゃりと掻き上げる。
光がふよふよと飛んで来て、「どうぞー」とテーブルに湯気の立つカップを置いた。
アスランはレオンヴァルドの正面にどかりと腰を下ろした。
その目が一瞬、胸に抱えられ、えぐえぐと泣く魔女に向けられる。
「……気にするな。仕様だ。」
レオンヴァルドがスッと目を逸らしながら告げた。
アスランがふっと笑って頷き、口を開く。
「……ではまず……『呪い』からだ。」
レオンヴァルドの肩が僅かに強張った。
「呪いとは……『世界』の管理者が作った管理プログラムのバグ……つまり『演算上の不具合』だ。」
「待て待て待て待て!何にもわからない!」
「……まず、この世界は『管理者』と名乗る者に管理されていた。管理しないと生命は増え、争い、文明を発展させて自滅する、と言う理論で。」
レオンヴァルドがこくこくと頷いた。
「その管理下で世界が発展の為に使うべきだった力が余剰となり、閾値を超えると暴走を始める。それが『演算上の不具合』であり、織り込み済みの不具合、『魔王』だ。」
「管理者の……演算による……織り込み済みの、不具合……。そんな物に……そんな物に我らは……!」
「ああ。『守護者』さえ、演算済だったそうだ。」
「……マッチポンプじゃねーか!」
「気持ちはわかる、レオン。」
レオンヴァルドがびくりと跳ねた。
紅蓮が身じろぎをし、慌てて背中をトントンと叩く。
泣き疲れた魔女が、すよ、と寝息を立てた。
「そして、うちの魔女が管理者を消した。管理プログラムも消えて、魔王プログラムも消え、世界は自律を始めて余剰エネルギーも消えた。
つまり、『呪い』は消えたのだ。」




