5 戦場
広間がシン、と静まった。
揺らめく炎が赤々と玉座を照らした。
グー、キュルキュル。
音が響いた。
紅蓮は慌てて腹を押さえた。
はぁ、と深い溜息が紫紺から漏れた。
「……まだ一宿のみだ。一飯もくれてやる。
腹を満たしてから、来い。」
王が手を振るとどこからともなくメイドさんが現れ、
一礼と共に「こちらへ」と手の平で指し示す。
紅蓮がバッと王を見る。
既にマントを翻し、部下を背に従えた王が、
笑った。
「ゆるりとな。」
カツンと踵を鳴らして王が広間から去った。
「……『魅惑の食彩亭』より、王様の方が美味しい……」
笑顔に撃ち抜かれ、紅蓮は辛うじて意識を保った。
「部隊は中央包囲網を背後から叩け。我は右翼に回る。近衛、来い!」
応、の声が響き、紫紺の王は数名の精鋭を引き連れ、馬を返し部隊を離れる。
決壊した右翼前線は、惨憺たる有り様だった。
王は累々と横たわる兵に唇を噛み、敵の背中を追う。
馬上の堂々たる姿は直ぐに敵の目を引いた。
「王が出たぞ!首を取れ!」
怒号が轟く。戦線を囲い込むべく進軍していた敵部隊が、王へと向きを変えた。
「貴様ら如きに取られる首ではないわ!」
王が抜刀する。
ゆらり、と紫紺の陽炎が立つ。
「殲滅せよ!!!」
剣を高々と掲げ叫ぶと、精鋭達が数の差に怯みもせずに、馬の腹に踵をぶつけた。
濛、と砂埃が立つ。血の匂いが濃くなった。
「ハァァァァッ!!!」
近衛が切り捨てた敵の影から、新たな敵が湧く。王が剣を一閃した。紫紺の光が敵兵の壁を薙ぎ払う。近衛が前進する。ガキン!と火花の散りそうな音を立て、次の壁と斬り結ぶ。
左右から押し寄せる波を、再び紫紺が薙ぎ払う。
ドン!と空気が揺れた。
ヒュン!と風を切り、魔導球が王達を目掛けて飛ぶ。
「くっ!」
間に合え。念じながら王が障壁を展かんとした、その時。
ガキーン!と魔導球が止まった。
紅蓮だ。
剣と炎で魔導球を受け止めている。
「……どっっっ、せーーーーーい!!!」
打ち返した。
ちゅどーーーーーん!
魔導砲が砕ける。敵兵が爆ぜる。
断末魔の悲鳴が幾重にも重なった。
「王様!来たよー♪
やっぱ食べると力が出るね、ありがと!」
ひらりと深紅が紫紺の横へ降り立った。
「……感謝する。」
「……ふへへ。」
魔女はもじもじした。
「で、あたしは何をすれば良い?」
「我らの戦線が包囲されぬよう敵を崩せ。
やり様は任せよう。但し、優先すべきは部隊の救出だ。」
「……敵さんに、情けは?」
「要らぬ。」
「あいあい♪」
紅蓮はトン、と地面を蹴ると、赤い彗星のように空を翔けた。
眼下に分厚い敵の層が見える。
紅蓮は、にやりと笑った。
「【イグニス・フルクトゥス(波濤の烈火)】!」
地を這う様な焔が生まれ出る。
敵兵を舐める様に炎が侵食する。
くつくつと笑いながら紅蓮が手を振ると、
炎が応じて縦横無尽に敵を飲み込んでいく。
「ギャァァァアアっ!!!」
あがる悲鳴は、炎から逃げ惑う兵達からだ。
炎に巻かれた者達は、その悲鳴さえ焼き尽くされる。
やがて紅蓮が、ふっと手を下ろした。
地面には僅か、燃え残った骨のみが燻っていた。




