8 涙
月がゆっくりと傾いていった。
二つの密やかな息遣いと、とくんとくんと繰り返す鼓動が天蓋の中を満たした。
レオンヴァルドの腕の中に、ふと紅蓮のくぐもった囁きが落ちる。
「……レオンが、王様じゃなきゃ、いけないの……?」
レオンヴァルドが腕を緩める。
やっと、紫紺が深紅を見下ろした。
「……逃げたい、と思った事はあった。けどな、それは次代に呪いを継なぐ事でしかないんだ。それに……築いて来たこの世を、最後まで築き上げたい、そんな欲もある。もし、呪いが発動しなければ。そう思ってしまうんだよ。」
紅蓮が目を伏せた。
「ピュアッピュアホワイト、だもんね」
伏せた目を上げると、紅蓮は笑った。
レオンヴァルドがふっと小さく笑う。
「ああ、良い世だろう?」
紅蓮が泣き笑いのように頷いた。
「発動、しないかもしれないんだよね?
もし発動したとしても、それまで一緒にいちゃ、だめ……?」
レオンヴァルドの親指が紅蓮の頬を撫でた。
流れてもいない涙を拭うように。
「その時お前は俺に立ち向かえるか?お前を生んだ世界を、壊す俺に。」
紅蓮は、答えに詰まった。
「『王の呪い』はな、誰も知らない。知られちゃいけない。いつか狂うかもしれない王では世が治まらない。ただ、アルダラには、俺が先王のように間違えたら、俺を斬るように約束させてある。」
鼓動が三つ鳴った後、紅蓮が掠れた声を出す。
「……アルダラは、呪いを、知らないんだよね……?」
頷くレオンヴァルドに、紅蓮はギュッと目を瞑った。
「もう、何言ってるのよレオ」
そう言って笑うアルダラが瞼の裏に浮かぶ。
それでも、レオンヴァルドが狂った時、歯を食いしばって剣を振るうアルダラも。
そしてアルダラは、誰にも見せず泣くのだろう。
紅蓮は、グッと奥歯を噛み締めた。
「だからお前は。この戦さが終わったら、『表』に帰るんだ、紅蓮。」
返らぬ答えに、レオンヴァルドが言葉を重ねる。
「いつか、ちゃんと、新しい『推し』に出会う、紅蓮。」
紅蓮がレオンヴァルドの胸に額を押し付けて、むずがるように首を振った。
「……レオンよりカッコいい推しなんて、いない……」
レオンヴァルドが奥歯を噛み締める番だった。
そして不器用に笑う。
「……なら、格好良い推しで、いさせてくれよ」
紅蓮は喉の奥に迫り上がってくる塊を飲み下そうとギリギリと唇を噛んだ。
一番痛いのはレオンヴァルドだ。
その痛みで自分が泣いてはいけない。
吸う息が引き攣る。
「堪えるな。俺のために、泣いてくれ。」
噛み破りそうな唇を、レオンヴァルドの指がなぞった。
紅蓮が、ヒックとしゃくり上げる。
「ぅ、……わぁぁぁあんっ!」
レオンヴァルドが、紅蓮の頭を胸に抱く。
紅蓮はわんわんと泣いた。
二十歳女子でも不老の魔女でもない。
十歳男児のように、泣いた。




