7 呪い
紫紺が深紅からそっと逸らされた。
「なんのことやら……」
「転移で帰って来た時、言ったよね?『いつか呪いに落ちるんだ』って。あの時も目、逸らした。」
紫紺が泳いだ。背泳ぎだった。
「さっきのも、よく考えたら、レオンらしくなかった。」
紫紺が平泳ぎを始めた。
「不可侵破ったらどうなるか、答えたくなくて『推し変』とか言い出したんでしょ?」
バタフライが始まった。
「人の気持ちを否定するのはレオンらしくないよ。話題逸らして、あたしを泣かせて、帰らせようとしたんだよね?」
全力クロールだった。ラストスパートだった。
「そんで、それだけ逸らしたい話は、きっと『呪い』の話だ。違う?」
レオンヴァルドは息継ぎに失敗した。
ゴールが遥か遠くに見えた。
ぶくぶくと沈んでいった。
「レオン……?」
紅蓮がレオンヴァルドのパジャマをツンツンと引いた。
レオンヴァルドは水底から引っ張り上げられた。
メドレーリレーが終わり、紫紺は深紅に絡め取られた。
次は鯉だった。まな板の上の鯉だ。
レオンヴァルドの口が開いては閉じ、開いては閉じる。
深紅はひたと紫紺を見つめていた。
容赦なく真っ直ぐに。
逃れようがなく直向きに。
魔女だ、と鯉は思った。
レオンヴァルドが紅蓮の頭に片手を添えた。
胸元に引き寄せると深紅の呪縛から解放される。
ふぅ、と長い息を吐き、口を開いた。
「先王が、『表』を侵略し、討たれた話はしたな?」
胸元で紅蓮の頭が上下に動く。
「それは先王の意思ではない。『呪い』による狂気の為した所業だ」
腕の中で紅蓮がぴたりと息を殺した。
「玉座に付き纏う呪いだ。王となった者の宿命なのだ。」
紅蓮がガバッと顔を上げた。深紅が丸く見開かれていた。唇が開きかけたのを人差し指で制し、また胸元に引き寄せた。
「我も……」
言いさして口を閉じる。
「俺も、いつ狂うかわからない。呪いの発動はランダムだ。発動せずに在位を終えた王も多い。けどな」
レオンヴァルドの腕に僅かに力が籠る。
「狂えば俺は『第二のドルク』だ。お前の敵になる。」
沈黙が流れた。
互いの胸に、互いの速い鼓動だけが響いた。
「……その呪いの発動条件が、表裏の位相の干渉、なの……?」
紅蓮は震える息を吸って言葉を絞り出した。
レオンヴァルドが緩く首を振る気配が髪に伝わる。
「発動条件は、わからない。けれど、先王が『門の番人』の正規ルートを通らず力任せに侵攻し、『魔王城』まで顕現させた結果、未だに歪みと裂け目が残っている。俺はそれを無視することはできない。……恐ろしくて。」
レオンヴァルドの腕がきつくなった。
震えを堪える為だとわかった。
「呪いに落ちる」と呻いた姿が脳裏に浮かぶ。
「テレポルしちゃって、ごめん……」
ぽつりと呟き、肋骨の軋みに耐えた。




