6 推し変
「とにかく!転移禁止!その部屋はこの城で二番目に良い部屋だからな?大事に使え!」
立ち上がり踵を返しかけたレオンヴァルドのガウンの裾を、紅蓮がぎゅっと握り締めた。
レオンヴァルドの足が止まった。
紅蓮がその深紅の瞳でひたと見上げてくる。
「どうしてここにいちゃダメなの……」
「……『表』と『裏』は不可侵が基本だ。お前は『表』の魔女だ。『表』に帰るのが正しい在り方だ。」
「……どうして不可侵なの?破ったらどうなるの?」
レオンヴァルドは諦めの溜息を吐いて座り直す。
膝に肘をついて額を長い指で覆った。
「お前がここに居たいのは『推し活』とやらがしたいからであろう?」
何かを決意したように顔を上げた王は、紫紺の瞳で紅蓮を射抜いた。
「え、や、それもあるけど……」
紅蓮の視線が彷徨った。
「聞けば『推し変』というものがあるそうだな。其方もかつて我ではない『推し』がいたのであろう?」
紅蓮がグッと言葉を詰まらせた。
「ならば『表』に帰ればいずれ新しい『推し』に出会う。我の事など……すぐに忘れる」
紅蓮がハッと顔を上げた。
その唇が震えているのを紫紺が映し、口を開いて、閉じた。
「レオンのバカ!!!」
叫んだ紅蓮の深紅が今にも溢れ落ちそうな雫で揺れていた。
レオンヴァルドがそれを目にしたのは一瞬だった。
紅蓮が身を翻し、続き部屋へと消えた。
「……泣くな」
瞼の奥の残像に、届けられない呟きが落ちた。
その夜、レオンヴァルドはまんじりともせず天蓋の布の模様を数えていた。
「レオン、か。あいつは俺を、そう呼ぶんだな……」
いつからだろう、もう思い出せない。
思った時、コンコンと小さなノックが響いた。
ガバッと身を起こし、続き部屋の扉を息を飲んで凝視する。
コンコン。二度目の小さなノックが聞こえた。
レオンヴァルドの顔が輝き、右手がグッと拳を握る。
転移の悪夢に勝利した瞬間だった。
「起きてるぞ」
おずおずと扉が開いた。
深紅の頭が、そっと覗く。
「どうした?眠れないか?」
声の柔らかさに安堵したように、紅蓮がレオンヴァルドに近寄って来た。
レオンヴァルドが流れるようにブランケットを持ち上げ自分の傍らをとんとんと叩く。
紅蓮は一瞬足を止め、そこにするんと滑り込んだ。
レオンヴァルドが紅蓮を抱え、頭をぽんぽんと叩いた。
「えらいぞ、グレン。ちゃんとノックして来れたな。それで良いんだ、よしよし」
お手ができた犬だった。
幻の尻尾がぶんぶん振れ、尊死したくなるのをグッと堪えて、紫紺を見上げる。
「……レオン。『呪われる』って、何?」
時速165kmストレートがストライクゾーンど真ん中に突き刺さった。
「ぐぅっ」とレオンヴァルドが呻いた。




