5 事案
その夜、アルダラは消失した部下達の身内への書状に署名を繰り返し、レオンヴァルドはグラス片手にバルコニーから月を眺めた。
紅蓮は自室の床に座り込み、指輪から顕現させた剣を丁寧に研いだ。
夜が深くなり、レオンヴァルドの浴室から水音が響く頃、事件は起こった。
紅蓮はずっと忘れていた雇用契約書の控えをようやく引っ張り出した。
王の食客待遇である事
報酬は二十五日締め月末払いである事
衣食住は福利厚生に含まれる事
勤務時間は9時5時である事
週休二日である事
雇用期間は対反乱軍戦が終わるまでである事。
紅蓮は最後の一行を三度見した。
そして跳んだ。
「王様ぁぁぁああああ!」
レオンヴァルドは浮かない顔のまま湯船で深い息を吐いた。
一日の終わりの癒しの時間だった。
その、水音だけが満たす空間を、紅蓮の叫びが引き裂いた。
「王様!この雇用期間、何!?
戦さが終わったら、馘になっちゃうの!?」
雇用契約書の控えを握りしめて紅蓮はレオンヴァルドに迫った。
「……馘ではない。契約満了だ。」
濡れた髪を掻き上げながら、レオンヴァルドは答える。
「おんなじじゃん!」
「違う。そしてグレン……俺を見て何も思わないか……?」
「……水も滴る良い男。」
「ちがーーーーーーーうっ!!!」
叫びながらレオンヴァルドが立ち上がる。
「にぎゃぁぁぁああああっ!?」
二人の絶叫が浴室にこだました。
警備とメイドさんが突入してきた。
「陛下!?まさかグレン殿に!」
「いやぁああああ!陛下がそんな!」
「どう見ても逆だろう!?」
腰にタオルを巻いたレオンヴァルドが泣きそうな声で叫んだ。
阿鼻叫喚だった。
何とかガウンを羽織ったレオンヴァルドが頭を抱えてソファに座った。
紅蓮は足元で正座していた。
レオンヴァルドの悲痛な溜息が落ちた。
紅蓮の身が縮まった。
隣の部屋でガタゴトと物音が響いていた。
「……それで?契約満了がどうした?」
「……なんでこの戦さが終わるまでなの?」
「お前の力を借りる必要がなくなるだろう。」
紅蓮はぐっと言葉を詰まらせた。
「……その後も、ここにいちゃダメ……?」
深紅の瞳が揺れた。
レオンヴァルドもまた言葉に詰まった。
一呼吸して口を開き、閉じて、開く。
「……駄目だ。」
「なんで!」
言いかけたところで隣室との内扉が開く。
「グレン様のお部屋の引っ越しが終わりました。」
メイドさんが告げる。
レオンヴァルドが重々しく頷いた。
「グレン、今後俺の部屋への転移を一切禁止する。この、扉から、来い。」
続き部屋への扉をビシッと指差した。
紅蓮がこくこくと頷く。
「絶対だぞ?扉一枚だ。転移の必要はなくなっただろう?」
紅蓮がもう一度こくこくと頷く。
「詠唱する前に扉のノックだ。わかったな?」
念には念を押すレオンヴァルドに紅蓮は答えた。
「無詠唱、だよ……?」
「……no……」




