1 鎮火
王の私室にノックが響いた。返事をする前に扉が開く。
「入るわよ」
「もう入ってるだろうが」
ノックがあっただけマシだとレオンヴァルドは自分に言い聞かせる。
「お前、もういいのか」
「竜人よ?三日あれば傷も塞がるわ。
それより……もう三日よ?レオ。」
レオンヴァルドは腕の中に視線を落とす。
すよすよと眠る紅蓮がそこにいた。
「三日も眠り続けるなんて、やっぱり何か手を打たないと……」
アルダラが眉を顰める。
「……俺の身もいい加減保たん」
「それはどうでも良いのよ、むしろ役得よ」
「……お前なぁ……」
レオンヴァルドは深い溜息を溢す。
そして痛ましげに、眠る紅蓮を見遣った。
「俺がこうしていないと炎を噴き出すとか反則だろ……」
あの日レオンヴァルドは紅蓮を抱えて真っ直ぐ医務室へ跳んだ。
その日二度目の医務室だった。
アルダラの隣のベッドへ紅蓮を横たえ手を離した。
途端、紅蓮からまた炎が上がったのだ。
レオンヴァルドが咄嗟に紅蓮を抱え直した。
嘘のように炎は収まった。
被害は奇跡的になかった。
レオンヴァルドの迅速なハグに医務室の総意が感謝した。
再びノックが響いた。
「入れ」
扉が開き、ワゴンを押したメイドさんが「失礼します」と一礼した。
(こういうので良いんだよ。)
レオンヴァルドは思った。
メイドさんがテキパキと昼食を配膳する。
アルダラがカトラリーを綺麗に使い、肉を切り分け口へと運ぶ。
レオンヴァルドは既に切り分けられた肉にフォークを突き立て口へと運ぶ。
レオンヴァルドが片腕で抱えた紅蓮の口に、
メイドさんがゆっくりと経口栄養剤を運ぶ。
三者三様の食事風景だ。
「……行きなさいよ、レオ。」
おもむろにアルダラが口を開いた。
レオンヴァルドがフォークをカチャリと置いた。
「それしか方法はないでしょう?ここじゃ……『裏』じゃあ、魔女を治療出来る者はいないわ。」
レオンヴァルドは深く俯いた。
紅蓮に顔を埋めそうになり慌てて顔を上げる。
眉間に深い皺が刻まれていた。
「……だが、『表』に行って、魔女と確実に接触できる保証がない。」
レオンヴァルドは深い深い溜息を吐いた。
先王は呪いにより狂った。
そして「表」に侵攻した。
呪いがいつ、何を以て発動するのかレオンヴァルドにはわからない。
先王が位相の不可侵を破り魔王城を顕現させて「表」を蹂躙した傷痕は、今でも「歪み」として双方の世界に残っている。
その「歪み」を正すべく不可侵を謳う自分が「表」に行く事を、レオンヴァルドは恐れた。
もしもそれが引き金となってしまったら?
腕の中の紅蓮を見下ろす。
紅蓮が握り潰した銀の光。
あれは魔女の通信だ。
「表」に連れて行けば魔女が紅蓮の気配に気づく可能性は高い。
が、その読みが外れた場合は……
二の矢を思うと鉛を飲んだ様な心持ちになる。
更に眉間の皺が深まった。
(「表」に行くのは二重の賭けだな。)
レオンヴァルドはぐっと奥歯を噛み締めてから口を開く。
「……明日。『表』に行く。」
レオンヴァルドの言葉にアルダラはしっかりと頷いた。
「早い方が良いわ。反乱軍も立て直しに時間がかかるでしょうけど、グレンのためにも。」
「俺のためにも。」
「それはどうでもいいのよ。」
レオンヴァルドは遠い目をして思った。
浄化魔法ではなく、風呂に入りたい、と。
レオンヴァルドを眺め、アルダラは思った。
「抱っこ」じゃなくてもいいんじゃね?と。
話を聞いた限り、紅蓮の炎はレオンヴァルドが肩を掴んだ時に収まったのだ。
なのになぜこの王は抱っこしてなきゃ燃えると思っているのか。
レオンヴァルドは未だ遠い目をしている。
アルダラは思った。
面白いからだまっていよう、と。
そして席を立つ。
レオンヴァルドの声が追いかけてきた。
「アルダラ。
あいつは鬼人族に家族を人質にされていた。」
アルダラは小さく息を呑んだ。
生真面目な黒豹の顔が瞼に浮かぶ。
「……理由がある分まだマシね。」
「ああ。こちらにとっては、な。」
アルダラが扉の向こうに消えた。




