2 転移
黒い大理石と煙水晶で覆われた空間に、
その男は座っていた。黒檀と天鵞絨で設られた玉座に肘を突き、長い足を組んで。
物憂げな表情に紫紺色の髪が落ち掛かり、
無造作にそれを掻き上げる。
そして髪より深い紫紺をうっそりと細めて、
虚空を眺めた。
彼は先代の王に思いを馳せた。
強く、賢い王だった。
が、呪いが発動したのだ。
「表」の世界を手中にすると言い出し、
「賢者」達に討ち取られた。
それは彼には「狂気」に見えたし、実際、後継となってから、それが王と呼ばれる者に課される「呪い」なのだと知った。
発動せずに治世を終えた王もいた。
だが、それは何の慰めにもならない。
「……この手で、壊す事にならねば良いが、な。」
王は、一人呟いた。
紅蓮は弾む足取りでギルドを後にした。
最後の魔物を焼き尽くした事で、討伐証明の魔石が採れなかった。
けれどあのパーティはその分を差引せず、当初の契約金額をそのまま紅蓮のギルド口座に入れていてくれた。
「今日はご飯奮発しちゃおっかなー」
紅蓮は鼻歌混じりに手元の冊子を開く。
「ガルディアまで跳んじゃおっか。
行ってみたいお店があったんだよねー。」
頁をめくり、にんまり笑う。
「……ここだここだ。
座標はぁ……うん、計算よーし。
右見てー、左見てー、【テレポルタティオ】!」
パン生地をびったんびったんしていた夜天の手が止まった。
爪を塗っていた花守の手が止まった。
論文を書いていた迷宮の手が止まった。
お茶を淹れていた宵森の手が止まった。
聖堂のバルコニーから民に振っていた祈りの手が止まった。
ロッキングチェアで居眠りをしていた風谷のイビキが止まった。
そして次の瞬間、皆、生活に戻っていった。
(……紅蓮懲りないな……)
夜天は思った。
あれ?と紅蓮は首を傾げた。
やたら転移が長いし、重い。
目の端に何やら「一方通行」と書かれた標識が映った
気がした。
気がした。気のせいだ。
紅蓮は「くぅぅぅ、よいしょーーー!」と
魔力がゴリゴリ削れていくのも構わず重い空間をこじ開けていった。
やがて、何やら扉が見えた。紅蓮は手をかけた。
力任せにガチャガチャする。
目の端に「スタッフオンリー」という掛札が映った
気がした。
気がした。気のせいだ。
バゴン!と、立てちゃいけない音を立てて扉が開いた。
「よっしゃ、ガルディア到着ー!」
何の疑いもなく扉の隙間に身を滑らせた瞬間、
ぐるんと天地がひっくり返った。
べしゃ、と背中から床に落ちる。
「あだだ」と呻きながら身を起こす。
「は?」
「え?」
紫紺と深紅の、目が合った。




