1 不可侵
アルダラはスッと立ち上がった。
「さ、堅苦しいのはここまでで良いでしょ?
早く紹介してよ、噂の魔女殿を。」
言うと、バシッと王の肩を叩き、紅蓮ににっこりと笑いかける。
アルダラの手を追いかけていた深紅の瞳が、鱗と同じ深い翡翠の虹彩に、縦長の黒い瞳孔に、吸い込まれそうになる。
そんな紅蓮の肩をポンと叩いて王が口を開く。
「グレン、我が軍の将、アルダラだ。
今後其方もアルダラの指揮下に入る事となる。
アルダラ、烈火の魔術師であり紅蓮の魔女、
グレン殿だ。此度の戦では獅子奮迅の働きを見せてくれた。」
「城中で噂になっていたわ?よろしくね、グレン殿。」
アルダラがすっと手を差し出す。
ひんやりとしたその手を握り、紅蓮はぺこりと頭を下げた。
「さて。」
言いつつ王がソファに腰を下ろす。
途端にふよふよとコーヒーカップが運ばれる。
一つのカップに二つの光が「よいしょよいしょ」と声を合わせて。
アルダラが王の向かいに座り、紅蓮は束の間逡巡した。王がカップを二つ受け取り、紅蓮を目顔で呼ぶ。
ホッと力を抜いて、王の隣にするりと滑り込む。そしてカップを両手で包んだ。
「で、何故竜人族は反乱軍と協定を結んだ?」
アルダラはカップに長い睫毛を伏せながら
コーヒーを一口飲み下す。
「……おそらく何らかの切り札を手に入れた、と見るのが正しいでしょうね。
それが何かはわたしには教えてもらえなかったけれど。
族長と長老が奴等と接触すると聞いて慌てて帰ったのだけど、既に協定は結ばれた後だった。
そしてわたしの不在は向こうに筒抜けだったみたいね。ごめんなさい、レオ。」
考え込む紫紺とそれを見つめる翡翠の間を
深紅がキョロキョロと彷徨う。
「……レオ……?」
おずおずと紅蓮が口にすると、
二対の瞳が驚いたように向けられた。
「レオンヴァルド。我が名だ。」
「ちょっとレオ、名前も教えてなかったの?」
「レオンヴァルド……」
名前もかっこいいな、ぼんやり思う紅蓮の頭を、王がノールックでぽんぽんと叩いた。
「切り札か。長く鳴りを潜めていて突然動いた事にも筋が通る。そして、竜人族に奴らと通じている者がいる、と考えるのが妥当だな。」
アルダラは頷く。
「先王の『表』への侵略時、竜人族の中にも賛同者はいたわ。表立って反乱軍につけばこうなるから、潜んでいるのでしょ。腰抜け共め。」
アルダラは切り取られた角の痕をちょいちょいと指差した。
「……痛く、ないの?」
紅蓮の口からほろりと言葉が零れた。
アルダラは翡翠を見開き深紅に向ける。
それがふっと細まると、口元に笑みが浮かぶ。
「大丈夫よ。痛覚はないの。追放の証以外に特に影響もない。まあ、ただの飾りよ。
……ありがとう、グレン。わたしの不在を、守ってくれた事も。」
紅蓮がふるふると首を振ると、またぽんぽんと頭を撫でられる。
おずおずと見上げるが、王の視線はそこにはなかった。
レオンヴァルドの視線はただテーブルの上を見つめていた。そしてぽつりと言った。
「不可侵協定……で幸いだったのかもしれんな。
手を組まれると厄介だった。」
アルダラがすっと片眉を上げた。
「そんなことになったら、郷を焼くわよ。」
迷いのない言葉が、眩しかった。




