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九話



「しかし……何もかもが私の知っている王国ではないのですね」

 ラクダの巡覧車から降りてすぐ、開口一番にロイは誰にともなくそう言葉を発した。

 それは哀愁を感じさせそうな台詞回しになっていそうだったが、ロイ本人の表情には、そんな何かしらの感情は微塵も読み取れない。

「うむ、時は流れるからな。この国も大分と豊かになった」それゆえの問題も次々と湧いてくるがな。ククリカはそんなロイの言葉に律儀に応答するも、最後の方は自嘲気味な雰囲気を漂わせた。


 一緒に乗り合わせていた他の乗客は、降車するのと同時にまばらにワラワラと何処かへ消えて行く。

 観光客丸出しの格好の者もいれば、軽装鎧を着込んだ冒険者たちもいる。

 ロイの格好も、軽装鎧に長剣(ロングソード)を差しているのだから、他人から見れば冒険者として映っているだろう。

 ククリカとニャームゥにしても、目立たぬよう質素なローブを纏ってはいるが。誰が見ても魔導士だと思う風体だ。

 王国内で二番目に人気の古墳は、冒険者たちの飯のタネとしての資源迷宮(ダンジョン)として存在してもいるので。

 冒険者はこの国では珍しくもない。

 そして、術理探索型王国にとって無数にある古墳や遺跡などのダンジョンは、今日(こんにち)までの国の繁栄を支えた重要な産業の一部だ。


「ひゃ〜、やっぱりたくさん居ますねぇ冒険者〜。王都の中心部ではこんなに集まってるの見る事ないから、なんだか新鮮ですぅ」

 ニャームゥは手のひらで作った(ひさし)をおでこに乗せて、周りを具に見ていく。

 建物の造りは王都の中心部とそんなに違いは無いが、幾分くたびれた感じとポップな派手さが同居する街並みは、王宮近くの家や店などとは比べるまでもなく、少し品位を欠いて映る。

 直裁的に言えばゴミが多く汚かった。


「ああ、そうだなニャームゥ。命知らずの馬鹿どもが、金と名声欲しさにウジャウジャと……」

「うおっぉお師匠ダメですよ〜。聞こえちゃいますってぇ」

 周辺に気を使うような抑えた声で、ニャームゥはあたふたと大魔導士を嗜める。それを受けて「おっと、そうだな口が過ぎた」と、袖で口元を隠すククリカ。

 そんな二人のやり取りは一切気にしないかのようにキョロキョロと辺りを見ては、

「……酒場とかもあるのか」と、何かを物色する瞳でロイは呟く。

「あ、そう言えばお師匠もロイ様も、お腹減ってないですかぁ? 実はニャーはこの日のために、この辺を色々とリサーチしていたのですよぉ。えへへ〜」

 

 名目上は老舗の武器屋への買い付けなのだが、もはやそんなことを覚えている者は誰もいない様子。

 各々、休日を楽しもうとする者、己が夢の片鱗を探したい者、国王より密命を受け市内の調査に駆り出された者、と。

 三者三様の心に秘めた目的があるのだから、建前はすぐに何処かへ吹き飛んでもしょうがないのかもしれない。


「ニャームゥ。行きたい所があるのか? ならば、取り敢えずそこで遅めのランチでも取るとしよう。案内してくれ。ロイもいいよな?」

「ええ、はい。まぁ……その。そ、そこには女性は居るでしょうか?」

 どこにでも居るわボケ。と言いそうになるのをグッと堪え、ククリカはふと思った。

 もしかしてコイツの言う女性とは、娼婦か何かを指しているのか? と。だとしたらますます気持ち悪い。

 なので無視して、ニャームゥへ案内を開始するよう視線と手の動きで促す。

「いいかロイ。通りすがりの者にも注意を払って、人かそれ以外か、分かった時は、さっき教えたサイン……いいな?」

 ボソッと、ロイに一応クギを刺しておくククリカ。刺された当人は親指をグッと出してそれに応える。

 稀代の大魔導士が、内心で舌打ちをしたのは言うまでもない。

 ……

 …

 

 ニャームゥが先導し一行が辿り着いた所は、『鉄板亭プリファイア』という看板がデカデカと掲げられた食事処。

 その名の通り、鉄板系の料理を得意とする若者に人気の店だった。

「はわ〜、まさかSNSで話題の人気店に来れるとは思ってませんでしたぁ。ニャーは感激ですぅ」

「そうか……確かに。いつも王宮に缶詰めだものなぁ。すまないニャームゥ。私とした事が見落としていた」

「エス、エヌエス?」

「そんなそんなお師匠! そんなんじゃないです。お師匠には、ビンボーだったニャーたち家族を救って頂いたご恩がありますからぁ。

 ……ただ、ほんと。話題の店に行ける日が来るなんてって、なんだかニャーは、なんだか嬉しくってついぃ〜」

「エスエヌ、エス?」


 ククリカは潤んだ瞳の愛弟子の、その頭にポンと優しく手を置き撫でた。

 ニャームゥは「お師匠ぉ〜」と言って、その小さな体でククリカに抱きつく。

 そんな二人は、聞き慣れない単語に首を傾げるロイを無視して、二人でそそくさと店内に入って行った。

「エスエヌエス……」

 ロイは自身の疑問に答えが出ないまま、しょうがないので麗しき師弟の後を追う。


 従業員に案内されたテーブルには、大きな鉄板が埋め込まれていて。盛大に火を使ったパフォーマンスと共に肉と豆を焼くのだと、従業員の女性が丁寧に説明する。

 ククリカは食に興味が無いのか、

 特にリアクションはしなかったが目を輝かせて頷くニャームゥを見て、そっと微笑む。

 ロイは従業員をチラチラと盗み見てはどうしようか悩んでいるらしかったが。不用意に女性に話しかけるな、そして触るな。とククリカにかなりキツく言い含められているので、散々迷って断念する。

 愛弟子からの変態。同じテーブルを囲むには癒しとムカつきがなぜ同伴しているのかと憤慨するが、今は仕方がないと大魔導士はため息で誤魔化した。


 そこから小一時間ほど経ち、頼んだ鉄板料理を全て三人で平らげたその時。

 店内から悲鳴が上がる。

 その数瞬後、ドンガラガッシャーーン。

 なんだか剣呑な音が店中に響く。


「はわっ!? な、なんでしょうお師匠〜」

 ククリカは落ち着いた様子で、テーブルナプキンで口元を拭ってからそれを静かにテーブルへと戻す。

 そして、

「ロイ、ついて来い。もしかしたら、も有り得る。警戒を怠るな」

「あ、はい」

 気のない返事のロイだったが、ククリカに合わせて立ち上がり後ろに続く。


 物音の原因の場所へ行くと、そこには三人の人相の悪い冒険者風の男と、一人の冒険者風の若い女。そこを中心にして野次馬がどっと見物している有様であった。

「おいこらっクソガキ! 誰に向かって言ってんだ、ああん?」

 明らかに粗野な見た目の一人の男が乱暴な言葉遣いで、一人の若い女に吐き捨てる。

「えぇー、ウケる。あんた誰よ、あははっ。あたしは知らなぁ〜い」

 男三人に囲まれて物怖じせずに言い返す若い女。手にはスマホを持っていて男たちへとその背面を向けている。スマホの機能で男たちの動画を撮っているらしい。


「つか、おいっ! 勝手に撮影とかしてんじゃねぇぞこら、おん?」

「やだこわーい、これってあたしの当然の権利だし。今ライブ中だし。みんなに見てもらわなきゃ、この怖いおじたちをさー」

「って、このっ、犯すぞクソアマ!」

「えっうそっ、ちょーキモイんですけど。ね、ね、みんな今の聞いたぁ? マジで最悪、ほんと激キモなんですけど」

「くっ、この、テメェ」


 見た目以上に、若い女の方が男三人を圧倒しているように見える。

 ククリカは、

「ロイ、どうだ? 人間以外はいるか?」

 そう問われたロイは、パッとその場にいる全員を具に見て回るが、ククリカに視線を合わせてゆっくりと首を横に振った。

「そうか……なら、冒険者同士のただの喧嘩、か」

 くだらない。そう切って捨てて、踵を返すククリカ。


「え、ククリカ様。助けないでいいのですか? あの女性を」

「暴力沙汰になる様なら、お前が助けてやれ」だがこの程度のゴタゴタ、すぐに警吏が……

 言うが早いか、ククリカが言い終わる前にロイは行動に移してしまう。

 しまったと思った時には、すでにロイは若い女性と男達の間に割って入っていた。

 

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