十話
「おい。彼女は嫌がってるだろっ」
颯爽と現れすぎて、その場の野次馬も含め、誰もが己の目を疑った。
急に一人の男が、突然、その場に現れた様にしか映ってないからだ。
それゆえ、ロイの第一声の違和感を感じ取った者は一人。
ククリカである。
なんだその棒読みは。それに言葉選びも最悪。そしてキメ顔が気持ち悪い。そんな言葉をパパパと脳裏に浮かべた。
正直、人間同士のただの喧嘩だと分かった時点で、それらには一切の興味が惹かれない。
バカで粗野な男冒険者が、これまた若いだけでバカな女冒険者にコナをかけたり、なんだりかんだりという。よく巷で繰り広げられるくだらない出来事の有象無象なのだ。
そんなのにいちいち首を突っ込んでは、何百年生きられようとも時間は足りない。
大魔導士ククリカ・クニエルはそう考える。
だから、うっかり発言を取り違えて即座に行動に移したロイへの怒りも当然あるが、自分自身の落ち度もそれなりには認めていて。
ため息と共に額を抑え頭を振った。
「だっ、誰だテメェはっ! ああんっ?」
「私は通りすがりの者だ」
「きゅ急に現れてっ、と、通りすがりがなんの関係があんだよっ、おおんっ?」
「関係はないけど、女性は助ける。そして男を助ける趣味はない」
キッパリと言い切るロイに、三人の男達はしばらく何を言っているのか理解できずに、呆然としてしまう。
がしかし、すぐに我を取り戻し。
「し、知らねぇよっ。ななんだお前。関係ねぇんだからすっこんでろよ、このヒョロガリのすっとこどっこいっ!」
「いいや、退かない。男三人で女性を囲むなんて、君たちが悪いのは明白だ」
「はぁっ!? ふ、ふざけんなこのっ」
「俺らが悪いだとっ!? いいか、聞けよこのボンクラのクソ早とちり野郎っ」
「このクソアマが、俺らが飯食ってる所にいきなり突っ込んできたんだ。分かるかっ? 再生数稼ぎに、俺らを揶揄ってそれをSNSに上げて喜ぶクソガキ共なんだよっ」
男三人は見事な連携を見せて、順繰りにロイに詰め寄る。
しかし、
「何を言っているのか全然分からない」と、ロイは言い切った。
絶句する三人の男たち。ただ「な、な、なっ……」と次の言葉が出てこない様子だ。
それまで黙ったままだった若い冒険者風の女が、
「え、やばーい。お兄さん助けてー。こいつらマジで最悪なの〜」などと言って背後から軽くロイに抱きつき、ついでにロイの耳元に「ふぅー」と、吐息を掛ける。
「ぉ、ふん」
なんだかまんざらでもない表情で身震いするロイ。頬も少し赤いだろうか。
人垣から見えるそんな変態の恍惚とした表情に、肩が抜け落ちる様な感覚をククリカは覚えた。
「よしっ、今引けば見逃す。もういいだろ? この女性を解放しろ」
解放も何も、見当違いとはこの事だが。ロイは手のひらを男たちに突きつけ見栄を切る。しかし、顔は抱きついたままの若い女へと向けているので全く男たちを見ていない。
むしろ、至近距離から女性の匂いを嗅いでいる始末だ。
当然、男たちは拳を握りワナワナと肩を震わしている。
「ば、ばっ、馬鹿にすんじゃねぇこの野郎っ!」
男の一人が拳を振り上げ、今まさにロイに殴りかかろうと床を蹴った。
ククリカ的には存分に殴ってボコボコにして欲しかったが。
魔導士の目から見ても男の攻撃はかなり遅かった。仮に冒険者だとしても、ランクはFランクかそれ以下だろう。
残念ながら雑魚中の雑魚だ。
ロイは一歩前に出て、軽く男の拳をいなすと、ガラ空きの顔面へ手刀を叩き込む。
「うごっ!?」と、男が呻いたと思った矢先、その場に崩れ落ちた。
残り二人は今の攻防から実力差というものを図れないのか。「こ、このっやりやがったなっ!」と、二人同時にロイへと殴りかかる。
一歩。二歩。
たったそれだけ。ロイは歩いただけだ。
男二人は拳を挙げた体勢のまま、声も上げずに床に転がる。
もはやいなす必要もなく、ただ単に顔面へ手刀を当てただけでその場を制圧してしまった。
次元素子の使い方だけでなく、体術の方も相当なレベルだという事が判明し。ククリカはさらにロイへの評価を改めざるを得なくなる。
「えぇぇ、ロイ様……すごぉ」
いつの間にかククリカの側まで来ていたニャームゥが感嘆を漏らす。
今まで見ているだけだった野次馬たちも、ロイの見事な立ち回りに一斉に拍手喝采を送る。
「え、まじスゴいんだけどお兄さん。やばー。みんな今の見てた見てた? ヤバない? マジ半端なかったー」
若い女はスマホを覗き込み、何かしらの情報を目で追う。
それから、
「え、マジ!? 撮れてなかった? うそっ!? 画角が?」えぇ〜っ最悪〜、マジ凄かったんだからお兄さん。となんだか悔しそう。
ロイはというと、突然沸いた拍手喝采になんだか少し戸惑っている。
かと思えば急に顔がへの字に折れ曲がり、気色の悪い笑顔をその顔面に貼り付け、後頭部などをさすりながら「いやぁ〜」などと戯けてみせた。
目立つなって言ってんだろうが、と。ククリカは今更なことを心の中で呟き、強引に野次馬の中を割って入り拍手喝采の中心人物へと近づく。
それからロイの鎧のネックガード付近のスカーフを、ガシッと掴み。
「おい、もういいだろ? ここから出るぞ」と、ロイを強引に引っ張る。
「え、あっ、ちょっと……ククリ」
名前を言いそうなったロイにすかさず睨みをきかすククリカ。もういいから来いという意思表示の視線も含め、有無を言わさず引っ張っていく。
「ニャームゥ、手早く会計を済ましてくれ。迷惑料もある程度出して良い。すぐにここから出るぞ」
「は、はいなお師匠〜」
ニャームゥはトテテテと、師の意向を汲んでレジカウンターへ駆けていった。
野次馬たちは未だワイワイと騒がしいが、誰も倒れている三人の男へ駆け寄る者はいない。
そしてスマホをあたふたと操作していた渦中の若い女が、去っていくロイに気付いて「待って待って、ちょっと待ってよお兄さーん」と、声を上げたが。
ククリカはそんなものは無視して、店内を後にする。
外に出てから数分、三人は大通り近くの裏道を歩く。
「いやぁ〜、なんだかバタバタでしたねお師匠〜。あんな荒っぽい人たちがいっぱい居るんですかねぇ、冒険者って〜。写真撮っとけば……」
って、あっ! とニャームゥは急に何を思い出したのか声を上げた。
「ん? どうしたニャームゥ?」
「あ、いやお師匠〜。ニャーはすっかり目の前の料理に夢中になってて、鉄板焼きのパフォーマンスとかお肉の写真とかを撮るのを忘れてしまいましたぁ」
お母さんに見せてあげたかったなぁ。心底悔しそうにしょんぼりと肩を落とすニャームゥ。
「ふっ、ニャームゥ。今度また一緒に来よう。もちろんお母さんも一緒に」
ククリカは隣を歩くニャームゥに軽くウィンクをする。
「お、お師匠〜」と、褐色の少女はククリカにひしっと抱きつく。
そんな様を後ろで見ているロイは、
「いいですね。じゃあ今度は四人だ」なんて言って、ククリカに抱きついているニャームゥの頭を撫でようと、その手を近づけた。
が、ニャームゥはそれをサッと避け、ククリカも歩くスピードを若干上げる。
そしてロイの言葉には、二人とも聞こえないフリを決め込んだ。
もちろんロイにはそんなものは効いていない。
「楽しみだなぁ、どんどん増えてくの」
だから呑気に、そんな事を言うのだった。
ククリカの背中に怖気が走る。
ロイころテンが更新された。
と、そんな時。
「あ、居た居た居たーっ! お兄さーん! 良かった見つかった、あたしってばラッキー」
若い冒険者風の女が、路地の向こう側で元気よく手を振って飛び跳ねていた。




