八話
術理探索型王国、その王都ヴェロシティ。
砂漠に囲まれた土地柄、どの建物も基本砂まみれだ。
だが、寂れているという風ではない。
市内だけでもおよそ二十万人が住む王国の主要都市で、他国との交易の拠点でもある。誰が言ったか「ヴェロシティに無いものは何も無い」と、経済的にも非常に潤っている国なのだ。術理探索型王国は。
なので、砂まみれという短所を除いては、道は綺麗に舗装されているし、街並みも区画整理された小気味よいものとなっている。
人も日中は常に溢れかえっているし、荷馬車もラクダの巡覧車も、見ない時間帯はない。
「あの……ちょっと聞いてもいいですかククリカ様?」
「ん? なんだ? 手短にな。あまり目立ちたくないのだ私は」
市内の大通りを王宮より逆方向へ進む三人。太陽は真上に登り、燦々と降り注ぐ熱視線はジリジリと肌を焼く。
露店が多く軒を連ねたその通りは、中央青空市場で。食品や香辛料、色鮮やかな絨毯や、はては銀細工や果実酒などが所狭しと並んでいる。
そして物の多さに負けじと、人々でごった返してもいた。
「あ、いえ……その。ちょっと気になった事がありまして」
「気になった事?」
ククリカは少し身構える。もしや魔王の配下が群衆に紛れていると、平板な感情表現で言ってきてもおかしくない。この男なら。
「あぁ、その。みんな手に持って指を振ったり耳に当てている、あの薄い板みたいなのって、なんですか?」
ロイはそう言って視線で先を促した。
その先には、確かに往来を行き来する人々はみな一様に、薄い板に指を当て忙しなく動かしたり耳に当てて何かを喋っている様子。
「ん、あぁアレか」と、ククリカは一瞬言葉に詰まる。
確かに300年前にアレは姿も形もなかったから、ロイが知らないのは当然だ。
しかしなんと説明するか。そんな思考が頭をもたげる。
が、
「うむ。アレはなんというか……ここ十数年で発達した通信道具、だな。非常に便利なのだ。魔導制御式独立端末という」
「スマホ……ですか」
スマホ初期の魔導式の構築に携わった大魔導士ククリカとしては、大分と詳しい専門的な説明が出来ないこともなかったが。
ロイにしてもしょうがないという思いから、適当でいいかと考える。
「仕事にも使えるから、普及率は国民の七割くらいか。まぁ、お前が欲しければ後で手配するが?」
もはや通信機の類は所持してもらった方が、手綱を握る方としては便利か? そんな打算がよぎった。
「えへへぇ、ニャーも持ってますよぉロイ様ぁ」
ニャームゥは朗らかな笑顔を隣を歩くロイへと向けて。ダボっとした服の袖からスマホを取り出し、「ほら、可愛くないですかぁ?」と、キラキラとデコレーションが施されたスマホを掲げる。
「へぇ、確かに綺麗だね。なんだかいっぱい付いてるし」
と、ロイはおもむろにニャームゥのスマホに手を伸ばす。
しかし寸前でニャームゥは、スッとスマホを素早く袖に戻した。
ロイは無言で褐色の少女を見るが。ニャームゥはニカっと、八重歯を見せるだけ。
ジャリッ、ジャリッ、と道を踏み締め歩く三人の音は、人のうねりという雑踏に紛れて、砂埃と一緒に空へ撹拌していく。
「えぇ、と。ククリカ様もその、スマホって、持っているんですか?」
ロイは気を取り直してもう一人へと話を振る。
「私か? もちろん持っている。しかし王宮に住んでいると使うことはそんなにないな。公務中にスマホを弄るような奴もいないしな」
「ニャーも、王宮ではお母さんとメールのやり取りするくらいですねぇ」
「メール? 手紙かい? その板で手紙が送れるのかい?」
「はい〜、そうですぅ。写真も送れますよ〜」
ニャームゥは再びスマホを袖から取り出し、画面をロイに見せた。
「へ、へぇ……なんだか、人が描いたとは思えないぐらい上手な絵だねニャームゥ」
絵ぇ……? と、褐色の少女は首を捻るが、少し考え、えへへと誤魔化した。
ロイに関する事柄を、ニャームゥはすでにククリカから教えて貰っている。300年前の人間だとは到底信じられないが、師匠が言うのだから間違いはないだろうと、なんとなくで飲み込んではいる。
あと、絶対に深く関わるな。とも言い含められていた。
「まぁ、今と昔では違う所も多くて戸惑うだろうが、とりあえず慣れろ。それが一番早い」
身も蓋もないことを言うククリカに、ロイは「あー、まぁ……はい」と、なんだかんだで素直に言うことを聞くのだ。
くだらない妄言さえなければ、素直な奴で御し易いんだがな。と、密かに心に付け加えるククリカ。
「もうすぐラクダ巡覧車乗り場だ。そこから二時間弱、目的の場所に着く。目立って欲しくはないが、もし道中、人じゃないナニカを見つけた場合、それとなく私にサインを送ってくれ。こんな感じで――」
と、ククリカはこの場で考えたハンドサインを、ロイに教える。
人差し指と中指をブイの字に開いて、瞳の前で二、三回振って見せた。
「……ええ、分かりましたククリカ様」
本当に理解しているのか怪しいほど無表情で頷くロイに、眉根を跳ねるククリカだが、今それを言ってもしょうがないのでそのままにしておく。
程なくバザールの道の終わりに辿りついた一行。
そこは大きな広場になっていて、ラクダや馬の廐舎が立ち並ぶ。
風に舞って獣臭が漂うが、汚いという印象はなく、むしろ綺麗に掃除された形跡はそこかしこに見受けられた。
ククリカはローブの袖を鼻先まで持っていき、
しかめっ面のまま。
「三人だとラクダ一頭の巡覧車は微妙だから、いっそ、大型のに乗ろうと思うけど。ニャームゥ……それでいいよな?」
「はいなぁ! えへぇ、ニャーは大型には初めて乗りますよお師匠〜。楽しみですぅ」
そんな愛弟子に微笑みを返し、「よしっ決まりだな。行こうか」と、ロイには全く聞かずにスタスタと歩み出す。
初めて見る光景に気を取られているのか、ロイは辺りをキョロキョロとしながら、別段文句もなくククリカの後ろに続いた。
三人が乗り込んだ巡覧車は、御者の前にラクダが十頭。二階建て式の大型客車を引いている。
二階には天幕は無く、外の景色を高い場所から自由に楽しめるタイプで。王都ヴェロシティでは観光客に人気の乗り物の一つだ。
客車部分には、ロイ達の他、まばらに数人が席を埋めている。
ニャームゥの「ぜひぜひ、二階がいいのですニャーは! むしろこれに乗るなら二階じゃないと意味がないのですよ〜」と言う言葉に、ロイもククリカも異論があるはずもなく。
一行は見晴らしの良い二階席へと移動する。
ニャームゥは気色をあげて、スマホで至る所をパシャパシャと写真に撮った。その行動の意味を、もちろんロイは理解していないので何も言わなかった。
ゆっくりと発車するラクダの巡覧車。
日差しが強いし、微風に絡め取られた砂が多少(ククリカ的にはもはや最悪)うざったいが。
流れる景色を普段とは違った視点で楽しめるという部分は、ニャームゥとロイには刺さったらしく、絶えず視線を動かし感嘆をあげた。
だが、そういった一切に興味が無いククリカは、むっつりと黙って気配を消すように、ただただ目的地に着くまでじっと座り続ける。
そんな穏やかな時間が小一時間ほど過ぎ。
一行は、王都で二番目に古い古墳がある市内の外れへと到着する。
二番目に古いという事は、そこは王都の中で、二番目に人気がある観光地スポットでもあった。




