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七話



 結果から言えば。

 王宮内には、他に魔王の手の者はいなかった。


 何重にも渡る安全策を講じて、ククリカ主導のもと、あらゆる人、あらゆる場所を、

 ロイ・マスタングと共に調べ回った結果だ。

 そこにはもちろん、国王自身も国王子飼いの猫たちすらも含まれる。

 七日間ほどかかった王宮内部の内偵調査。

 混乱と被害を出さない為に、ある程度は秘密裏に行なわれなければいけなかったが、

 数百年も王国に仕えた稀代の天才大魔導士ククリカ・クニエルだからこそ、不敬罪に問われる事もなく迅速に事を進められた。

 そして、王宮内部は全員シロだったのだからまずまずの結果だっただろう。


「うむ……そうだ。これにてこの宮廷の、今の所の安全は確認された。そうイエサル国王に伝えてくれ」

 ククリカは今回の内偵調査の全貌を書記官に伝える。くるくると巻かれた栗色の長髪が上品な女性書記官は、無言で頷きながらククリカの言葉を紙に記していく。

 続けて、

「だが最後に、これも付け加えてくれ。えぇ……今回の調査は王宮内に限定する。市内にはもっと多く、市外にはさらに多くの魔王の手勢が潜伏していると見て間違いないし。そう仮定しておくべきだろう。これについての対策は早急に考えなければならないが、無用な混乱を市井(しせい)へ招く恐れもあるため、長期的な計画として慎重に事を運ぶべし、と」

 ふぅと一息ついて、回転椅子の背もたれに、どっと体重を預けるククリカ。

 大きな執務机の隣の作業台で書記官は、また無言で頷きながらインク内蔵万年筆を紙に走らせ、大魔導士の進言を丁寧に全て文字に起こしていく。 

 

 しばらくの間、カリカリという音だけが魔導士長室に響き。

 ククリカはその音を聞きながら後方の窓へと椅子を回転させ、そこから覗く砂漠景色を眺めた。

 王国内には五十万人の民が居る。その全てを調査する事は不可能に近いだろう。大々的にやるにしても、まずは全王国軍の兵士を調査する必要がある。

 王宮詰の近衛兵はすでに確認済みだが、その他の兵士三万人弱を調べるのでも相当骨が折れるだろう。

 そこまでを考え、ククリカは深くため息を零す。 

 そのタイミングでちょうど書記官が全ての文字起こしを終えたらしく、すっくと立ち上がり。

「お手間を取らせ、申し訳ありませんでしたククリカ様。ではこれを国王陛下と元老院に届けますので、略式ながら失礼致します。

 ――王国への変わらぬ貢献、深く感謝致します」

 ああ、とだけ返事をしただけで、ククリカは変わらず窓の外を見ている。

 書記官は一礼して足早に部屋を出ていった。


 大魔導室の扉がバタンと閉まり、ククリカ一人が静寂に包まれる。

「……くぅぅ、めんどくさぁ」

 ククリカは両手で顔を覆い、天井を仰いでそんな事を独りごちた。

 正直、王国にはこれっぽっちの帰属意識もない。

 ただ長い間、特別待遇で生活と魔導研究の面倒を見てくれたし。他にどうしようというのもなかったので居着いてしまった。ただそれだけだ。

 いや……多少の情はやはりあるか。

 なんて考え、もう一度深いため息をつく。


「お師匠ぉ〜、終わりましたかぁ〜?」

 愛弟子のニャームゥが静かに扉を開けて、中の様子を伺うように半身だけ出して言う。

「ああ、ニャームゥ。終わったよ。それで? ロイはいるのか?」

「ええ、ここにいますよククリカ様」

 ニャームゥの背後からロイの声がして、扉が完全に開け放たれる。

 

 可愛い弟子の背後にボケっと突っ立つ変態に、少なからずのムカムカを感じつつも。

 滞りなく王宮内を調べられたのは変態(ロイ)の助力あってこそ。

 頑張って取り繕った表情を顔面に貼り付け、

「ロイ、ご苦労だった。助かったよありがとう」と、功労者を労った。

「いえ。そんな……当然の事をしたまでですククリカ様。それで、あの……」

 なんだか急にモジモジと口ごもるロイ。

 ここでククリカは、

 ああ、そう言えばここ数日働き詰めだったなロイは、と。

 そして事あるごとに「街へ出たい、街へ出たい」と、ククリカに聞こえるようにわざとらしく呟いていたのを思い出す。


 聞こえてないふりをして聞き流していたが、意図は明白だった。

 馬鹿げた(ハーレム)の為、街にでも行って勧誘ナンパをしたいのだろう。そんな事もことあるごとに口走っていたし、街の様子を宮廷内のメイドやらに聞いているのを目撃もしている(あらかじめ、宮廷内のメイドには手を出さないよう釘を刺していたから、他に目が向くのは避けられなかった)。

 ロイ自身も結局、王国などは二の次で、自分の欲望を叶えるために行動しているのだ。

 帰属意識は自身と同等と認めつつも、なんだか古巣が荒らされる様な嫌悪感をククリカは抱いている。

 こんな男の誘いにまんまと乗るような女がいるとは思いたくもないが、この変態をのさばらせていいのか。そんな葛藤に苛まれてた。


 ククリカは眉根をピクンと跳ね、一瞬考える。

 こと戦闘においては、王国内にロイよりも達者なやつはいないだろう。抑えすぎても、爆発されれば誰が止められよう。

 ロイ一人を軍隊で相手するには、制圧できたとしてもどのくらいの被害が出るか分からない。

 ある程度は、ロイの願いも叶えつつ良好な関係を築くのが王国の為だし、ひいては国民の安全にも繋がる。


 ククリカは内心でくそっと毒づき、

「うむ。分かっているロイ。お前の今回の働きは国王も高く評価するだろう。多少の制限は設けさせてもらうが、街への外出も私から打診しておく。

 ――それでいいだろう?」

「はい、ありがとうございますククリカ様。もちろんククリカ様も私は忘れていませんので、そこはご安心下さい」

 と、ロイは親指を立てて満面の笑みをククリカへ送った。

 ロイころファイブ(ロイを殺したいと思ったベストファイブ)がまた一つランクインを見せたが、もはやファイブでは足らないかもしれないと大魔導士は思うに至る。

 ロイころテン(ロイを殺したいと思ったベストテン)にランキングは拡張されてしまう。


 そんなククリカの内心を無視するように、ロイはなんだか気持ち悪い笑いを浮かべ、何やら色々と妄想して楽しそうに腕を組んで出口の扉にもたれかかった。

 その横のニャームゥは「はにゃ?」と首を傾げるだけで、くりっとした瞳でロイとククリカを交互に見やるのみ。

 はぁと誰にも聞こえないように小さくため息をついたククリカは、どうやら街へは私も同行せざるを得ないな。そう思って、疲れがどっと肩に乗るのを感じた。

「明日あたりには街へ行けるよう手配する。今日のところは休め。ロイも……ニャームゥも、な」

 それだけを言って再び回転椅子を回し、後ろの砂漠景色へと視線を移すククリカ。

 午後の昼下がりの砂丘には、のんびりと孤独に空を泳ぐ雲の影が、ゆらりと砂ばかりのつまらない単色にひとつまみのアクセントを添えた。

 ……

 …



 翌日。

 王国市内へと入るロイにククリカにニャームゥ。

 開口一番、

「す、すごい」と感嘆を素直に表現するロイに。

「えへへぇ、なんだかロイ様、お上りさんみたいな事を言いますねぇ」と、ニャームゥが一言。

 まぁ300年前と今では全てが違うだろうからな。と、内心でツッコミを入れるククリカは、なるべく顔がバレないよう日差しよけと見せつつ目深にフードをかぶっている。

 ローブも白色の質素なローブでまとめていた。

 国民からの人気が高い大魔導士だからこそ、身バレから、あまり騒ぎになりたくないのだ。


 一応、外出の目的は、ロイの武装を整えるという名目で出てきている。

 民間の質の良い武器屋は、ちょうど市外と市内の狭間にあるのだが、王国は50万人規模の大都市だ。

 半日では難しい。

 よって三日間の外出許可を貰って、三人は現在に至る。


「ではククリカ様! 行きましょう!」

 と、異様なテンションで、身バレしたくないククリカの名前を呼ぶロイ。

 拳をぎゅと握ってククリカは、今にも殴りたい衝動に駆られる。

 そんな雰囲気を察して、あわわと師匠に寄り添うニャームゥ。

 

 前途多難。

 そんな言葉はロイ・マスタング以外にはよく似合う。


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