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四話


「人間ではなかった、と……言ったのか?」

 深緑を思わせる色合いの高級ローブをはためかせ、大魔導士ククリカは目の前のテーブルにバンッと両手を打ち付ける。

 そして、半ば睨むような目つきでロイを見た。

 まだまだ少女のニャームゥは、その倒れた椅子の音に、ピョンと身体を一瞬跳ねる。が、即座に近寄りせっせと元の位置に直す。


「ええ、まぁはい。目を凝らすと……こう、何となく、あー人間じゃないし、人類でもないなって感じだったんですよ。あのメイドは」

 ロイは切れ長の目を細め、見えたというメイドの姿をジェスチャーで形作ろうとした。その手の動きは、ククリカにもニャームゥにも明確な映像を届けはしないが、十分に何かしら伝わる物はあったらしく。

「貴様は……人類でないか、どうかが……分かる、のか?」

「ええ、もちろん。私は人類以外とのハーレムを望みません」

 何故そこまではっきりと言い切ってしまえるのか、ククリカにはおよそ理解は出来なかったが。

「……う、うむ。そうか。なるほど」と言う他なく。

 続いて、「……で、あれば。魔王の配下の可能性は高いかもしれない。第四世代のアイツらは、人間に限らずあらゆる人類に擬態して、うまく社会に紛れ込んで破壊工作をしているのだ」

 やはりすでに王都――王宮にまで侵入を許していたのか。と、ククリカは強く歯噛みした。

 それから、ロイの目を見て、ついて来いと言い放つ。

「ええ、分かりました」

 ロイは軽くそれに応える。

「ニャームゥ、メイド達の分室までの案内頼めるか?」

「はいなっお師匠様ぁ、ニャーがご案内しますぅ〜、ささっこちらへ」


 小走りで駆けていくニャームゥを先頭に、三人はレストラン『砂漠の夕暮れ亭』を後にする。

 掃き出し窓(テラスドア)から覗く景色には、午前中の晴れやかな青空が一面に広がり、風は凪いでいる様子だ。

 延々と続く砂丘は、穏やかにそこに存在し、少しばかりの影を転々と落とす。

 それは、いつもと変わらない日常そのものの風景ではあったが、

 三人が去った後の亭内の静けさは、いっそ不吉なほどの何かを孕んでいる。

 カツーンと、食器と食器がぶつかる音がした。

 

 …

 ……

 王宮内は広い。

 巨大なオアシス(源泉)を中心に中庭を形成し、その周りをぐるっと取り囲むように王宮は造られている。

 メイドたちの分室はちょうど、中庭を挟んだレストランの真反対に位置する為に、徒歩十五分といった所だろう。

 ロイにククリカは早歩き程度で、小走りしているニャームゥに続く格好だ。


 吹き抜けの廊下を渡っている最中、すれ違う使用人風の者へ、いくつかの命令をククリカは伝えていく。

 言われた使用人は、誰もが血相を変え足早に何処かへと去っていった。

 

「ロイよ。目を凝らすと言ったな? それは()()()()()での話でいいな」

「実戦……的? えぇ、まぁ、そうですねククリカ様。見れば大体分かります」

 ロイはあまり理解はせずに発言している。

 ククリカ自身も『実戦的瞬間』などという言葉は初めて使った。

 ただの意味のない知ったかぶりの突発的な発言。それを何故か呑み込んだ風に頷くロイ。

 これをどう取るかは個人によって変わるかもしれない。

 しかしククリカは、人類社会に紛れ込んだ敵性探知としての価値もあるなと、ロイを値踏みする。


「ロイ様はすごいですぅ。それも異次元魔導と何か関係がぁ?」

 主人の話に割って入るニャームゥ。いつもならククリカはちゃんと叱りつける所だが。そうはしなかった。

 何故なら自分自身も、どうして人類と非人類とがロイに見分けられるのか、大いに気になるからだ。

 当然、そもそもが適当な事を言っている可能性も十分にありえる。

 勢いで今に至るが、間違いであった場合の対処法も考えとく必要があるな。そう大魔導士は冷静に考えてもいた。


「何故……? うーん、難しいな。なんだかそのメイドが()()()見えたんだよニャームゥ。それで目頭あたりにさ、力を集中する感じで見たら。

 ――なんか人じゃないな、って」

「ニャーでいいですよロイ様ぁ。でもぉ、ズレてた? それって異次元魔導における位相みたいなものでしょうか? お師匠ぉ〜」

「いいかロイ? 本人は良いと言ってるが、親しげに呼びかけるなよ? 私の弟子だからな。

 ――うむ。ズレたという表現は次元位相の階層推論とも紐付けられるかもしれんな。しかし、それを視覚で捉える事ができるとなると、もはや魔眼の領域だ。魔眼……」

 その分野はあまり考えてこなかったな、研究項目に付け足してもいいかもしれない。ふむふむ。などと、最後の方は自身に言い聞かせる様にブツブツと尻つぼみで言葉を終えるククリカ。


 自分に対して言われた事と、ククリカとニャームゥの中での会話が入り乱れ。ロイは少し目線を宙に泳がす……が、

「まぁ、こんな力あってもハーレム作りにはあまり役立ちそうにはないですけどね」と嘯いた。

「ハーレムゥ? さっきも言ってましたけどロイ様ぁ……えぇとぉ」

 ニャームゥは何だか聞きなれない言葉に好奇心を刺激されるのか、小走りながら器用に首をロイへと向ける。

 しかしククリカはそこですかさず、

「ニャームゥ。メイドの分室はまだか?」と、語気を強め会話をすり替えた。

「あっはいっ。もうすぐですぅ、この角を曲がればぁ」

 ここですお師匠様ぁ〜。の掛け声と同時に、ニャームゥは元気よく腕を伸ばし人差し指をピンと立てる。


 ククリカは間髪入れず、ニャームゥによって指し示された木造りの扉を開け放つ。

 そして、

「ロイ! 見ろっ、居るかっ!?」と声を張る。

 中はリネン室を兼ねた休憩室にもなっているらしく、質素な木造りの扉からは想像するよりも面積は広め。そして、メイドと思わしき服装の女性達が十人弱。座っていたり立って作業していたり様々だ。


「えぇ……この中には、いない……です、かね……」

 ロイは歯切れ悪くも、素早く部屋内を見渡しそう言った。そして、どうしても堪えきれず自然と零れてしまった、みたいな小声で「えぇ……、こんなに多くの女性を見たのはハァハァ」などと口走る。

「ハァハァ?」ニャームゥはまた聞きなれない単語を聞いたとばかりに、くりっとした瞳をロイへ投げた。

 だがそこで、ククリカの大きく開いた掌が、その褐色の金髪少女の視線を遮り。

 すかさず大魔導士は、「この中でっ、一刻半ほど前に『砂漠の夕暮れ亭』での持ち回りだった者はいないかっ」と聞いた。


 当然、この場のメイド達はすわ何事かと気色立ち、少しの混乱とどよめきを隠すことは出来なかった。がしかし、王国にとっての至宝・大魔導士ククリカ・クニエルがそこに居るのだ。

 なにやら尋常でない雰囲気はどうしても感じてしまって、一瞬の硬直を経てだったが、数人が視線をある一方へと、壊れたブリキ人形みたいにぎこちなく向けた。


「よし。ついて来いロイっ」

 ククリカは颯爽と歩き出し、手でもロイに合図を送る。

 ハァハァなどと無意識に零した男は、視線はメイドから外さず、ククリカの後に続き奥の部屋へと歩み寄って行った。

 そこがなんの部屋かなんて、当然二人は知る由もない。


 何とか一人のメイドが、突然すぎて謎めいたこのシチュエーションから抜け出し、頑張って声を出した。

「くっ、ククリカ様っ! そっ、そちらは女子更衣室にございますっ!」

 勇気を振り絞ったそのメイドの言葉に、ククリカはまじかぁっ!? と、驚愕しつつも歩みは止めず。思考をフル回転。

 (ロイ)が居る。しかしロイが居なくば判断が出来ない。

 どうする? この変態を女子更衣室に入れるのか? いや、入れないよっ。だがっ。

 王国、責務、魔王、脅威……瞬間で目まぐるしく思考を重ねる天才大魔導士は、

 その場の一般人(メイドたち)の思考を軽々飛び越え、こう言い放った。


「大丈夫だっ! 視るだけでは孕みはせんっ!」

 大魔導士は女子更衣室の扉を開ける。勢いよく。


 のちにククリカのこの発言は、王宮内のミームとしてメイド達の間で大流行してしまうのは別の話。

 すぐ後ろを歩くロイ・マスタングは、「は、孕む。孕むぅ……そんな、ハァハァ。ククリカ様、そんな、いや、は、はしたない……」と顔を赤らめ、なんだかモジモジと気持ち悪い。

 この時のロイが、ククリカにとっての『ロイを殺したいと思ったベストファイブ』のうちの一つになっている。

 らしい……

 

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