三話
翌朝。
王国――“術理探索型王国”王都ヴェロシティが破壊し尽くされていた。と、いうことはまったくなく。
いつもと変わらない朝の日差しが、ククリカの瞼をそっとつついた。
「お師匠ぉ。お師匠様ぁ〜、起きて下さいぃ朝食のお時間ですよぉ」
「う、う〜ん、もう少し」もう少し……、と寝返りをうつククリカ。シーツの裾を掴み朝日を遮るように身体に巻きつけた。
「も〜、お師匠様ぁホントに寝起き悪いんだからぁ」
起きて下さい起きて下さいと連呼して、小柄な少女はククリカの身体を揺さぶった。
褐色の肌に、金色の長髪を後頭部で結ってお団子にまとめた少女だ。
「う、うう……やめろニャームゥ。私はもっと……寝て、たい、たいよぉ」
「何言ってるんですか、外でロイ様も待ってますぅ。お客人を待たせるような主人に仕えた覚えはないですよ、ニャーわぁ」
「……ロイ? ロイだとっ!」
ククリカはガバッと起き上がり、自身の身体を揺する弟子のニャームゥに「ゆ、夢っ、夢じゃない!? 夢じゃないの!?」と問う。
何が何やら訳が分からないニャームゥは取り敢えず、
「お師匠ぉ、ニャーは恥ずかしいです。ホントに寝起きだけは王国イチだらしがない。そんなお師匠を持ってニャーはため息しか出ないですよぉ」
やれやれとばかりに首を振るニャームゥ。
確かに、寝起きが王国イチ悪いと、掛け値なく自分自身でもそう自負しているククリカだが。今だけは、脳みそがフル回転で昨日の出来事をフラッシュバックさせ。
素早く状況理解を早めた。
「くぅ……王国は滅んでなかったか」などと、寝起きのボサボサの頭で辺りを確認して呟く。
「はぁ〜? ホント、何を言ってんですお師匠ぉ。いいから朝食のご案内をロイ様にしないと、お客人はお腹を減らしておいでですぅ」
「うむ、分かった。湯浴みするくらいの時間はあるだろうニャームゥ?」
「ええ、ええ、それはそうですが。支度の間に、ロイ様を客間に案内しますよぉ? いいですかぁ?」
「それでいい。と、いうか……そういえば、ロイはボロボロの服を着てなかったか?」
「最初ビックリしましたよぉ。危なく結界を張るとこでしたぁ。でも、お話を伺えばお師匠のお客人というではないですかぁ。
――何やら事情もあるようなので、ニャーが衣装を用立てましたよぁ」
ほう、とククリカは関心したように弟子をしげしげと眺め。それから、なんとなくニャームゥの頭を撫でた。
にぁは〜っなんて声をあげて、ニャームゥは嬉しそうに口角を歪める。
がしかし、これだけは聞こうと思いククリカは言葉を紡ぐ。
「うむ、その……ロイに何か変な事をされなかったか?」
「ん〜、ロイ様に変な事ぉ〜?」
腕を組み真剣に悩むニャームゥ。「……されてませんけどぉ。むしろ、ロイ様はとても紳士的でした。ニャーの頭をポンポンと撫でて、そのまま元気に育つようにとおっしゃって下さいましたぁ」
にぱっと歯を見せて応える我が弟子にククリカは押し黙る。
それから、
「いいかニャームゥ。ロイには近付くな。あいつは特別な訓練を受けている。お前があいつの近くに居すぎると、お前の編んだ次元素子が乱れるやもしれん」
近付くとしても、二秒か三秒程度に留めよ。いいな? と、言葉を続けた。
「えぇ〜そうなんですねぇ。分かりましたお師匠様ぁ〜」
もちろんククリカは嘘を吐いた。
会ったばかりの少女の頭をポンポンと撫でるような奴は、やはり危険だから(もはやククリカ的には吐き気がする)ニャームゥをロイから遠ざける為の方便として、
適当な事を言ったのだ。
屈託なく笑う弟子に大魔導士は微笑みを返し、それから脱衣所へと向かう。
はぁとため息。
これからどうするべきか。そんな事を考えながら湯浴みをして身支度を整えるのだった。
……
…
◾️王宮内レストラン『砂漠の夕暮れ亭』◾️
亭内のテーブルに腰掛ける者は二人。ロイにククリカだ。
遅めの朝食を済ませ、食後のミントティがそれぞれ眼前に置かれた。
置いたのは給仕エプロンを着けたニャームゥである。
「ふぅ、それでロイ。お前は一応、私の客員剣士という事で登録してもらう。王国騎士に近いが、それよりも遊撃寄りの権限が付与されるだろう。あとで私蔵している長剣や軽装鎧を貸すから、しばらくはそれで我慢できるな?」
「ありがとう御座います、ククリカ様」
ロイはミントティを一口含む。よほど美味しかったのか、すぐさまそれを一気に飲み干した。
カツン、と空のカップとカップソーサーが音を奏でる。
二杯目を注ごうとニャームゥがポッドを持ってロイに近付くが、それをククリカは手で制し、ニャームゥはお辞儀をしてから後ろに下がる。
「ロイ・マスタング。お前にもう一度、問おう。
――魔王討伐に従事する。その為に王国に帰依する。間違いないな?」
声のトーンを下げて、ククリカは慎重な様子で言葉を紡ぐ。
「ええ、もちろん。その為にトライアルを受けました」
会話を聞いていたニャームゥは「トライアル〜?」と、首を傾げククリカへと視線を向けるが。大魔導士は弟子のそんな眼差しを無視して言葉を続ける。
「簡単に説明するが、今の魔王は第四世代魔王として位置付けられている」
「だ、第四世代……ですか」
ニャームゥはここでまた首を傾げ、不思議そうな瞳を自身の師へと再び投げかけた。
ククリカはそんな弟子の疑問も当然だと知っていながら、ロイが300年前の人間である事を説明していない。もちろん、王国にも説明していない。
何故ならそれは、過去に類を見ないぐらい面倒臭い事柄だったからだ。
自分でもちゃんと説明できないものを、どうして他人に説明できようか。なので稀代の大魔導士は、そこらへんの説明責任を有耶無耶にしている。
そして同時にそれは、変にロイを刺激しない様にとの思惑もあった。
ククリカは目の前の青年を恐れている。
異次元魔導の深淵が服を着て喋っている様な、そんな風に今や見えてしまっているのだ。
覗きたいが、それはそれでリスクを伴う。伴うかもしれない。いや。
そんな葛藤がククリカの中で常に逆巻き思考を乱す。
「ニャームゥ。すまないが、食器の片付けをお願いできるか?」
「あ、は〜い。分かりましたぁ」
ニャームゥは素直に従い、テキパキとテーブル上の食器を片付け、奥のパントリーへと消えていく。
広い亭内にはロイとククリカのみ。
そこでようやく手早く話が出来そうだと、
「お前が知っている時代の魔王はとうに倒された。がしかし、そこで我々人類は、魔王がどうやら世襲制、あるいは連綿と続く何かの概念に近い存在だと知ったのだ。
――その時代の魔王が倒されると、バージョンアップした次の魔王が、やはり人類を苦しめる為に活動を始める」
捲し立てるように、要件だけを短く、ククリカは話した。
「世襲制、ですか。へぇー……」
「人類側の技術進歩が進むのと同様に、魔王も進化していった。まぁ色々省くが、今の第四世代は、もはや所在地すら掴めない。
――何処に居るかまったく情報が掴めないのだ。しかし明らかに人類への攻撃は続いている。魔王は居るのだ。人類の宿敵として、間違いなく……な」
そこまでを言い切ると、二人の間に静寂が訪れる。
ククリカは、ロイの表情を探るように視線を動かす。しかし、その表情からは何の情報も読み取れない。
と、ここで。
「お師匠〜、終わりましたぁ」
ニャームゥが片付けを終えて帰ってくる。
「うむ。ありがとう、ニャームゥ。ご苦労様」
ククリカは弟子の頭に手を置き、労う様にヨシヨシと撫でた。
「うーん……あぁ、その。ククリカ様。一ついいですか?」
「なんだ? 言ってみろ」
「まぁ、魔王のことはなんとなく分かりました……」
何故かここでロイは言葉を区切り、言い淀むような仕草を見せる。
ククリカは怪訝な表情を作り、顎をしゃくる動作で言葉の続きを促す。
「あぁ。いえ……その。宮中、ここに来るまでにすれ違ったメイドの一人が、明らかに人間ではなかったのですが。
――アレは何なんでしょう?」
ガタンッ――。
ククリカはロイのその発言に心底驚いて立ち上がってしまった為に、
椅子を盛大にひっくり返してしまった。




