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二話



「貴様……うむ。ロイ、と言ったか? それで? 貴様は何をしに来た?」

 ククリカは容易く背後を取られている。

 今が実戦だとするならば限りなく窮地だろう。

「何をしに? いえ、あの……あれ? 魔王討伐のための選抜(トライアル)試験……ではないのですか?」

「魔王討伐って、いつの時代の話を。ん? いや待て、貴様。その選抜は何回目のだ?」

「……何回目? いえ、確か民兵徴収は私達が初めてだったと思いますが?」

「初めて……は、ふっ、ふふっあはっ――っ」

 ククリカは大きな声を出して笑う。


 当然のことながら。何が何やら分からないロイ・マスタングは首を傾げる。

 そんな彼を見てククリカは、

「はっはっは、いやっ、そうか。ふふっ、いいか……初めての魔王討伐の為の徴兵トライアルは、3()0()0()()()()()()の話だ」

「え……?」

 ロイは呆けた表情で大魔導士を見つめる。

 それがまた面白かったのか大魔導士ククリカ・クニエルは、「ふはっ、思い出したぞロイ・マスタング――っ!」

 

 ここで突然グッと、表情筋を強張らせるククリカ。

「誰のムネ揉んだと思っとんじゃボケっーーーーっ!」

 忘れてたはずの300年前の怒りが、休火山を終えた活火山のように激しく噴出してしまう。

 世界最高峰と名高い大魔導士は、感情に任せて殺戮特化の異次元魔導を組み上げる。


素粒子結界(ヴァウハント)っ!」魔導戦術の初歩で、得意とする系統の魔導素粒子を一帯に散りばめ(術者レベルによって範囲はまちまち)結界とする業だ。

 ククリカの急激な殺意の上昇に、ロイは一足で後方へ飛び退いた。

 魔導士、初手、素粒子結界。これはすなわち即時決着を意味する。

 魔導において結界展開後に敵一人仕留めきれないとなると、魔導士としての程度が()()()疑われてしまう。ましてや大魔導士。

 必殺必中の初手。

 が、

「へぇー、綺麗ですね。全てが線対称だ」

「――っぬっ!?」

 過去の弟子たちにあってどんなに才能豊かな者でも。ククリカ・クニエルの素粒子結界の構造を初見で見抜いた者はいない。

 それほど長年かけて、複雑に、それでいて丁寧に緻密に編んできた業なのである。それを魔導士でもない、ただの変態に、直感なのか何なのか分からないが。

 見破られた!?


 屈辱と共に奥歯を噛み締め、ロイの言葉がハッタリかどうかを()()()()()()()くなってしまう。

 そう、稀代の大魔導士は思った。


時に鎖の様に断裂(ヴォルテクスバイン)!」

 ククリカが生み出した異次元魔導の中で、一対一に特化した防御不能の惨殺魔導。

 結界内で捕捉された対象一名に、『断裂式詠唱(ディメンシーズ)』の多角的な同時攻撃である。


 それは、

 瞬きを行う刹那の間に対象を八つ裂きのバラバラにする、はずだった。

 が、

「なるほど。本来そういう使い方なのですねー」間違えてたのかな。ま、いいや。

 なんて、極々短い時間の最中、ロイ・マスタングは言ってみせる。

 涼しげな表情のまま、無数に襲いかかる空間の断裂を()()()()()()()

 丸腰だったはずの男の手には、いつの間にか黒い剣が握られていて、それで次元断裂らを相殺していくのだ。

 あり得ない。

 瞳をまん丸くかっぴろげて、大魔導士ククリカ・クニエルは言葉を失った。

 素粒子結界が消える。


「ふぅ……まさか300年も経ってるだなんて。なんて事だろう」

 ロイは手に持っていた黒い剣を消す。霧散するように、跡形もなくその場から消すのだ。


 ククリカはその様を見て確信する。

 男が持っていた剣は、魔導素粒子で具象化された武具であるという事に。そして同時に納得と絶望感を味わう。

 前者は、ガード不能の技を打ち消したのは同じ次元素子同士の干渉で説明できる。

 後者は、

 数ある属性魔導の中で、異次元魔導だけが次元素子を固定化させ具象化させるという事が出来ていない(理論だけはあるにはある)。だから、300年前に自身のムネをなんの迷いもなく揉んだ変態が、いとも容易くそれを行なっている現実に、ひどい眩暈(めまい)を覚えてしまう。

 ククリカは今、起こっている現実を無いものとして、今日のところは自室のベッドにすぐさま倒れ込みたい衝動に駆られる。

 が、そうも言ってられないのでカラカラに乾いた喉を酷使し、言葉を紡ぐ。


「……ロイ。ロイ・マスタング」

「はい。何でしょうククリカ様」

「……合格だ」

 本当はこんな事は言いたくなかったが、この場を執りなすために、大魔導士は方便を使う。

 使う他なかった。

「長い次元漂流の果てに、見事、王国にとってのやくっ(危なっ! 厄災と言うとこだった)……じゃなくて、よく最終兵器実現プランを務め上げたっ(何だそれっ、聞いた事もないっ)!」


 ロイはまっすぐにククリカを見つめ、少しの沈黙。

 混乱していたとはいえ、流石にアホな言い訳だろうか。怒ったか?

 そんな風に大魔導士は思った。

 が、

「なるほど。そういう事なのですね。分かりましたククリカ様」

 分かられてしまう。

「え、あっいや……う、うむ」

「それはそれとして、私はハーレムを作りたいと願っているのですが。魔王討伐しながら夢の実現に着手しても問題はなさそうですよね?」


 ハーレム?

 なんだかそんなバカでアホな単語を聞いたのも300年ぶりかと、頭痛のするこめかみを抑えククリカは嘆息。

 ついでに魔王討伐はする気があるという事も分かった、が。今と300年前では、()()()()()()()()()のだ。

 それらの説明や、ハーレムという夢想をなんの疑問も持たずに言い切ってみせる変態に、さてどうするべきか。

 

「ロイよ。ひとまずは長い漂流生活で、心身ともに疲れているだろう。今日のところは部屋を用意するから、そこで休んではどうだ?」

「確かに……服もボロボロだ。これじゃあハーレム勧誘をするのは躊躇われますね。流石ククリカ様です。第一号に相応しい」

 さらっと危険な事を言うロイに、ククリカはもう一度ブチギレそうになってしまう。

 がしかし、冷静に考えて次元の狭間で300年を過ごすというのがどういう事か。


 過去、ククリカは若気の至りで一日だけ次元の狭間に自ら入った事があるが。ククリカを持ってしても一日が限界だった。

 異次元空間では全ての物事が無限に引き延ばされ、永遠に終わらない。

 なので体感でしか測れないが、そのたった一日で、軽く一週間から二週間分ぐらいの疲労を脳に叩き込まれ死にそうになったのだ。

 それを300年?

 ブルっと身震いをして、大魔導士ククリカ・クニエルは「……こっちだ、ついて来い」と、どうにか言葉を振り絞る。

 はい、と素直に応える目の前の青年風な笑顔が、ことさら恐怖だった。


 その後、

 自身の裁量でどうにでもなる城内の部屋を一つ、ロイに当てがい。今日のところは夜も遅いから、ソファと毛布で我慢してくれと言う。

 別れ際に、

「あの……その、ククリカ様。先日は急に胸を揉んでしまって申し訳ございませんでした。女性を初めて見たもので、手が勝手に動いていたのに私自身も驚いています」

 何が私自身も驚いている、だ。白々しい。そんな感想を激しく頭に浮かべるが。

 ククリカは一旦心を落ち着かせ。

「うむ。ロイは開拓船団の出身だろう? 確かマスタング村とは300年前は、一等開拓地だったと記憶している」

「はい、そうです。親は知りません。物心ついた時から、船団で開拓地を転々としていましたから」

「だろうな。しかしなロイよ……いいか? 金輪際、女性のムネをいきなり揉むのは止めよ。それはただの犯罪だ、いいな?」

「……はい」


 しゅんとした表情は年相応に見えなくもない。

 だからと言って可哀想だなんて微塵も思わないが。と、ククリカはそこで自身の寝室へと戻っていった。

 戻るなり、ふかふかのキングサイズベッドへとダイブする。

 そして、


「だってだって知らなかったもん! 次元漂流に300年も耐える人間がいるなんて知らなかったもんっ! 私のせいじゃないもん、私のせいじゃないもんっ!」

 大魔導士ククリカ・クニエルは、

 ストレスがピークに達した時には枕に顔を埋めて少しの幼児退行を味わう。そんな癖があった。

 とんでもない怪物を作ってしまった原因が自分にある。その責任から逃れようと、必死に枕に言葉を吐き出すのだ。

 もちろんこの時には、涙もドバッと滝のように流し、手足をバタバタと布団に打ちつける。

 そしてそのまま深い眠りへと自身を誘う。


 もしかしたら、明日、目が覚めたら王国が終わっているかもしれない。

 今の魔王の脅威よりも、はるかに脅威かもしれない男が、隣室のソファに横になっているのだ。

 必殺必中の対人魔導があっさり防がれた。もしロイが本気で暴れるようなら対軍魔導で相手せざるを得ないが、それだとどっちみち王都は滅ぶだろう。

「……よし。起きた時に王国が滅んでたら全力で逃げよう」

 そんな事を呟き、大魔導士は眠った。

 ……

 …

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