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一話


「……なぁ、もう一度言ってくれ。今、()()()()()()?」

 

 仕立ての良いとんがり帽子――そのつばに手を掛け、大魔導士ククリカ・クニエルは言った。

 眉根をピクンピクンと微小に動かし、半笑いながらも視線は鋭い。

 確か、異次元(ディメンション)魔導の始祖である彼女は、何百年もの(よわい)を重ねているはずだが。ローブに身を包むその肉体は、衰えを知らない瑞々しい生命力を、およそ暴力的にあちらこちらに顕現させている。

 いいと思う。


「あ、はい。だから、()()()()()()()()()()()。と、そう言いました。ククリカ・クニエル様」

「……は、ハーレムというのは、その。言葉通りの、あの、ハーレムで合っている……か?」

「ええ、そうです。多分、認識は同じものと思われます。

 ――私は、様々な異性と交わり、またその異性らと生活を共にし、私の為だけの千年王国(ハーレム)を築きたいのです。それって……ハーレム、で良いんですよね?」


 静まり返る場内――王都内部の修練場だ。

 自分の他にも、武具を携帯した者が十数人ほど集まっている。

 昨今、勢力を増してきている魔王の軍勢。その窮地にあって、広く民草より、武に秀でた者を選抜する。そんな過程の中の最初の自己紹介中だった。

 私こと、マスタング村のロイ――その、自己紹介にと小さい頃から育んだ自分の夢を語っただけなのに。

 何故こんなにも静まり返るのか。

 とても不思議だ。


「……ロイ・マスタングと言ったか?」

 大魔導士ククリカは平板な声でそう聞いた。

「ええ、はい。マスタング村のロイです」

 ククリカはここで、大きくため息をついて顔を手で覆う。その瞳は明後日の方向を見据え、どうしたものかと思案してるらしかった。

 ため息混じりに揺れた身体は、そのたわわな胸部も少なからず揺らす。たゆんと、そんな音が聞こえたと錯覚してしまうほどだ。


「ふぅ、いいかロイよ。貴様はこれから――っ!?」

「あぁ……な、何というかククリカ様。その、つい……欲に抗えず……」

 私の手は大魔導士ククリカ・クニエルの、そのたわわな胸部を掴んでしまっていた。話には聞いていたがこれが女性の柔らかさなのだ。

 そしてこれが、女性が持つという魔力……おそろしい。

 初めて会った女性にかなり失礼なのは分かっている。だが、やってしまったものはしょうがない。

 失礼ついでにこれは言っておかねばならぬだろう。


「ククリカ・クニエル様。どうでしょう? 私のハーレムの第一号になるというのは?」と、触ってしまっている手はそのままに笑顔を送る。

 場内の温度が、心なしか急激に下がっていく様な感覚を覚える。

 キョロキョロと辺りを見ますと皆の表情が暗い。いや、青い?

 そして直後、バキンバキンと、何かが割れる音なのか擦れ合う音なのか。不可思議な音が修練場に拡散されていく。

 音の出所を探して、再びキョロキョロと辺りを見回す。

 はて?


「……ロイ・マスタング。貴様ぐらいアホでバカだと、私の方も滅殺するのに躊躇しなくて済むのだから、すごく助かるよ」

 彼女、大魔導士ククリカ・クニエルはそう言ってにっこりと笑う。

 その笑顔はとても数百歳の齢を重ねているとは思えないほど、美しかった。

 滅殺?

「いいえ、そん――」いいえ、そんなお礼なんて。美しい貴方は第一号に相応しい。と、言い切る前に。


 私は、次元の狭間へと吸い込まれた。

 真っ暗な無限の空間へと。

 放り出されてしまったみたいだ。

 ……

 …




 ◾️◾️ロイ・マスタング受刑者が次元漂流刑を受けて300年後◾️◾️

 


 

 異次元(ディメンション)魔導の始祖、ククリカ・クニエルはかすかな次元波動の乱れを観測する。

 今までに見ない類の次元振動でもあるので、その微弱な変化にククリカは大きく興味をそそられ、「……ふむふむ」と癖で自分の頬を撫で回す。


 次元元素を操り、四次元方向へと干渉する魔導が異次元魔導であり。その全容は、数百年と自分の生を凍結させた大魔導士にあっても、論理原理が一割も解明出来てはいない神の領域の学問とされている(偶然の産物で自身の寿命が凍結されているらしい、と気付くのにも数十年を要し、今だにその術理の解明にすら至っていない)。

 そんな彼女の長い人生の中――異次元魔導に身を捧げる人生の中で、今回の次元振動の波形は初めて観測するものだったのだ。

 いくら研究を重ねても異次元魔導は懐が深いな。そんな自嘲めいた溜息を零し、トレードマークでもある深紫色のとんがり帽子を手に取った。


「ふむ。王都の……ここは修練場付近、か?」

 波形が示す座標を頭の中で整理し、脳内にある王都の地図と照合していく。

 何故、そんな近いところで今まで見た事がない波形が現れたのか。

 多分、何かの間違いの可能性は高いだろう。この計測装置も完璧ではない。そう、ククリカは冷静に状況を分析。

 だが確認しないという愚行まではしない。

 宮廷魔導士の長という職責から与えられている研究室の、その大きな二枚扉を、人差し指一本をただ宙に動かすだけで開け放ち。

 ククリカは颯爽と部屋を出て修練場へと向かった。


 時刻は深夜。

 誰もが寝静まっている頃合いなのだから、人の気配などは当然ない。

 ククリカは寝静まった王都の、その城内の空気が好きだった。研究が煮詰まった時の散歩には丁度いい。

 孤独を愛する研究者なのだ、ククリカは。

 深く静かに、誰にも知られず、異次元魔導の研究だけをして生きていけたら……

 大魔導士は鼻で笑う。()()()()()()()()と理解しているから。

 修練場の扉の前まで来た。


 再び、人差し指で空を切ると、

 ギギ・ギィ……

 錆びた蝶番と古くなった木板とが擦れる音を立てて、扉が開く。

 開けた瞬間にククリカの目に入ってきたものに、大魔導士の瞳孔は激しく開く。

 何故か、

 次元の裂け目がそこにあったからだ。

 自然発生的に次元が裂ける事はあり得ない。少なくとも数百年を生きたククリカ・クニエルですら一つも思い当たらない。

 過去に数回あった次元の裂け目との遭遇は、やはり何か人為的なものが絡んでいた。

 辺りを『()』ても次元素子の流動は見当たらず、その残滓すらないのだ。

 むしろ裂けている次元の内側から、外向きに力の流動を感じる始末。

 ()()()()


 ククリカは一層怪訝な表情と、先ほどまで呑気に散歩などと考えていた脳みそを叩き起こし。

 一気に警戒レベルを上げる(空間魔導の応用によって、自身の魔導杖を手元へ呼び出す)。

 大魔導士はあらゆる可能性を瞬時に考えた。

 国内の異次元魔導の使い手――全て把握しているはずだが、空間跳躍を兼ねた異次元魔導の運用など誰も到達していない。

 人でなく物ではどうか。

 異次元推論にて、物だけの空間跳躍は可能だろうというのがククリカ本人の見立てでもあるが。まだまだ応用できる程、研究は進んでいない。

 だが、もし知らない第三者がそれを可能にしたならば。

 湧き上がる嫉妬を押し留めて、ククリカは、まず王都を害するためのものだと仮定し行動に移る。

 空間輸送して、王国(こちら)側に一番被害が出るのが単純に()()だろう。

 修練場という城内のはずれに入り口を作るあたり、もしかしたらかなりの威力の爆弾かもしれない。 

 

 そんな逡巡をしつつ、ゆっくりと腰を落とし臨戦態勢に入るククリカ。

 すると、次元の裂け目から二つの腕が、ニュッと伸びる。

「っ、手ぇっ!?」

 驚くのも束の間。

 その手は左右に広がり、縦に空いた次元の裂け目を横に広げ。足が一本、前へ出た。

 何者かが、次元の裂け目から姿を現す。

 それは男だった。


「……ふぅ。ようやく出れた。長かったような、短かったような、はぁ……」

 なんて男は言って、呆気に取られて言葉をなくす大魔導士に視線を移す。「あぁー、あなたはっ!」と、男が言った瞬間。

 ククリカは魔導杖を男に向けて、

断裂式詠唱(ディメンシーズ)っ!」異次元魔導の初級詠唱を素早く放った。

 初級といえど、空間を瞬間的に断裂する魔導である。防御(ガード)不可の一撃必殺。

 身体を難なく真っ二つにするはず、が。

 男の姿が消える。


 そして、

「いつもいきなりなんですね、ククリカ様は……」と、いつの間にかククリカの背後に移動していた。

 次元の裂け目から現れた男は、涼しそうな表情で、大魔導士ククリカ・クニエルの肩に、その手をポンと置くのだ。

「き……貴様は、誰だ……」

 何百年ぶりかの冷や汗を額に浮かべ、ククリカはなんとかその言葉だけを絞り出す。


「え、あれ? ロイです。マスタング村のロイです」おかしいな、自己紹介しなかったっけなぁ。などど男は朗らかに微笑んだ。

 あらわになった男の容姿は、黒髪で、歳のころは二十歳前後。

 服は何故かボロボロで、武器や武具の類は一つも身につけていない。

 

 ククリカ・クニエルはロイ・マスタングの事など一つも覚えてはいなかった、が。

 一つ、ポンと肩に置かれた男の手の温もりに、なんだか嫌な思い出が蘇りそうで、しかし思い出したくもないような。

 そんなゾゾゾが、ククリカの背中を這った。


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