十六話
「お、お師匠っ、このまま行けそうですぅー。ベルート様たちに退路良しとお伝えください〜」
気の抜けた口調とは裏腹に、やはり初めての実戦。
ニャームゥの手はその戦果と反比例するように小刻みに揺れていた。ククリカは当然、そんな弟子の機微には気付いている。
「安心しろニャームゥ、お前は正しく全てを行えている。むしろもっと攻めていいぞ」
私が魔力を補助するから気にせず撃ちまくれ。と、弟子の肩に手を置き、優しさも乗せて魔力を貸与するのだ。
それから、
「後方退路良しっ! 順次後退せよっ」と、大きく後ろに発声。
「やばー、ベルートベルート! 後方退路良しだって、プルリオねぇさんがっ」
アガスティアを中継し、前衛へと後方の状況を伝える。カメラの画角は崩していない。むしろ緊迫した自身の表情を中心に撮っているようだ。
ここに来て、初めてアガスティアは貢献したと言っていいだろう。
「よしっ! みんな、このまま焦らずゆっくりと後退する! 陣形は絶対に崩すなっ」
べルートの号令に、他のメンバーも「おおうっ」と答える。
瞬間的に敵戦力を上回ろうとも、絶対的な物量の前には戦線がもたないのは火を見るより明らかだ。
しかし、ここで焦って逃走に舵を切れば前衛は機能しなくなるから、同じくチームの存続には寄与しない。
だから、
退路を広げつつジリジリとゆっくり後退し。下ったばかりの大階段をもう一度逆に登っていく。
高低差と、限定された道幅とで有利な状況を、少しずつだが取り戻すしかないのだった。
しかし、それが大量湧出トラップに遭遇した時の正しい判断で。それを実行できるかがリーダーの器、ひいてはそのチームの実力と言っていい。
タンク役が二枚の暁旅団は、実は生き残ることに主眼を置いた、とても優秀な冒険者なのかもしれない。
そこに例え魔王の配下が入り込んでいても、それは事実として認めなくてはならないだろうと、ククリカは思った。
(逆に何故このチームに紛れているのか? 誰かが連携を乱している様子は今の所認められない。ならば……いったい、なんの目的が?)
「やぁ〜、氷結魔導弾っ、霧氷魔導散弾っ」
師からの魔力ブーストを受け、ニャームゥは図らずも震えてしまう自身の身体を律し、力ある言葉を連発。
氷の礫に、細かい氷片、それらが道を阻む無数の骸骨騎士に次々と刺さっていった。
素粒子結界を張ったわけでもないが、階段やその壁、天井が、パリパリと少しずつ凍っていく。
ククリカの補助もあり魔導弾を撃ちまくるニャームゥ。だんだんとコツを掴む。その自信が身体の震えをより抑えた。
一歩前へ。
重要な核を貫かれた骸骨騎士はその場にくず折れ、それ以外は間接から凍って動きが鈍い。
もっとだ。
ニャームゥは確かな手応えとともに、魔導構成をもう少し複雑なものへと練り直す。
だんだんと敵の急所が見えてきたので、そこへのピンポイント攻撃の精度を上げるためだ。
「なんかさっむっ! え、え、なんか壁とか凍ってるよベルート! みんなも見て見て、なんか白くなってる」
「何っ! 新手の攻撃かティアー!」
「違うっ! いいからそのまま焦らず後退しろっ」
ククリカが首だけを向けて、ベルートの無用な疑念を払拭するため声を投げた。
「あっ、なんだニャーちゃん!? やばキュート。きゃわわーっ」ベルート、これ問題ないってー! そのまま焦らず下がって良いってさー!
緊迫感が微塵もないアガスティアの中継に、
「おし! みんなっ、ここを耐えつつ少しずつ下がるんだ! ゆっくりと無力化していけば良い! 奴らの攻勢も緩くなってる」と、さらに気迫を乗せたベルートの声。
そこに続く「おおよっ!」の掛け声。
紅蓮の暁旅団六名と、ほか二名は、ゆっくりと階段を登っていく。
どうにかこの窮地を脱するために。
ククリカは内心歯痒かったが、仕方なしと。白魔導由来の、疲労を若干回復する術をパーティ全体に施した。
そんなに派手な魔導でもないし、不可視の魔導でもあるので、自己申告しないと掛けられた側は実は気付き難い。
だが、まぁ良いか。と、大魔導士は誰にも聞こえないようにため息を一つ。
正直なところ。もし、本当に危なかったら。
自身とニャームゥだけで眼前の骸骨騎士をぶっちぎって、他を見捨てて逃げるという最終手段もあるなと思っていたのだが。
どうやら紅蓮の暁旅団の思ってもなかった優秀さが、その選択をククリカに選ばせなかった。
一進一退を繰り返し、
一行は二階層の安全地帯まで無事に着く。
階段を上がり切った段階で、骸骨騎士は全てニャームゥが倒し切った。
三階層から追ってきていたモンスターが一匹も観測されないことをベルートが宣言し。ようやくパーティメンバーは一息つけることになる。
「やっばー! マジでマジで危なかった! みんな伝わる? この死と隣り合わせの緊張感とか、緊迫感とかっ!」
取れ高の宝庫なんですけどー。と、長い棒の先のスマホに呼びかけ。嬉しさを表す踊り(?)を披露するアガスティア。
そんな彼女には誰も触れない。
ふいーと一息ついて座ったベルートに。他のメンバーも続いて、みなその場にしゃがみ込む。
ククリカとニャームゥは立ったままだが。そこにベルートが話しかける。
「その、プルリオねぇさん。すまない。その……ロイ君のこと」
少し残念そうな表情をして、ベルートはククリカに軽く頭を下げた。
「あの状況。彼を止める事は難しく。彼はあのモンスターの波に消えてしまった」
「おうよベルート。あれには流石にワシもびっくりしたぞ。せめても弾除けぐらいにはと思っていたが、あそこまで役に立たないとはな。ガッハッハ」
「やめろダスタニャン。友人を亡くした人がいるんだぞ?」
友人ではないし、ねぇさん付けが気になるが。
「ん? ロイのことか? それなら問題ない。ほらっ」
と、ククリカはちょうどベルート達が座っている後ろの方向へと人差し指を向けた。
その示された方へと振り向くベルート達五人。
瞬間で固まる。
そこには、ぬぼーっと突っ立って、「よう」とばかりに右手を挙げたロイ・マスタングがいた。
しかも全身がなんだか赤黒く染まって、安全地帯に置かれている松明の光が、それらをヌメヌメと照らし出している。
血の海を服を着て小一時間泳いだらこうなるだろうか。みたいな格好で、いつもと変わらぬ物腰でそこに居るのだ。
「うぎゃーーーーーっ!」
ベルート達は一斉に悲鳴を挙げた。
ククリカは、やはり生きていたか、と残念がり。ニャームゥは、ロイの全身から発せられる獣臭溢れる血溜まりの匂いに、そっと分からないように鼻を摘んでそっぽを向く。
「え、なになに! うそ、ロイ君? やばー、なにその格好っ、あはっウケるー」
アガスティアは変わらずスマホ片手に駆け寄り、画面の向こう側の視聴者へと、ロイの姿を届けた。
「くっさ! え、なにこの匂い〜。ゲロを溶かしてモンスターと一緒に煮詰めた様な、激ヤバ臭っ」
ロイはなんだかまんざらでもない顔をして、全身血溜まりのまま後頭部に手を置いて、「い、いえい」などとスマホの向こう側へ返事をする。
ククリカは、何が「いえい」だ。と思いつつもロイの全身の様子から、
追撃が来ないのは、全てロイが片付けたからだろうと察する。
自身にもニャームゥにも怪我が無いことを確認し(ロイの怪我具合いはもちろん確認しない)、さて、ここからどうするかを決めなくてはいけない。
このパーティ全体の目的で言えば、メリル救出。
だがそれは、大量湧出トラップとの遭遇による消耗から、暁旅団がこの後どうするかは分からない。
自身の目的で言えば、紛れ込んだ魔王の配下の始末。もしくは状況把握。
なのだが……
ククリカはすでに一人。魔王の配下の当たりを付けていた。
その視線は――




