十五話
「あー、あれ。モンスター? でいいのかな?」
前衛のロイがそう呟いたのは、長い階段を降りた先。天然の岩壁と人工物らしき石壁がまだらに入り混じる、巨大な空洞に一歩足を踏み入れてすぐだった。
呟き程度のその音は、空洞の巨大さに吸い込まれるように、静かに響き。反響は一切無い。
そして、
眼前には無数のモンスターがいる。
それは、大軍と表しても問題ないだろう。
大小様々で、多種多様なモンスターの大軍(獣系からゾンビ、骸骨系スライム系と惜しみない)。それらが敵意ある眼差しをロイ達に容赦なく向けているのだ。
「やばい! 大量湧出罠だ!」
ベルートが叫ぶ。
同時にモンスターの大軍も咆哮。ロイ達へと進軍。
「退けっー! 一旦退いて体勢を立て直すっ!」
ダスタニャンは振り返りざま後衛に号令を出す。
「やばやばやばーっ! いきなりモンスターハウスって、え、マジ神回? 神回なのっー!」
アガスティアはスマホの画角を崩さず、己の映り方にも気を使いつつ。即座に逃げの姿勢に移行していく。
が、
「いいや無理だ! 後ろも塞がれている!」
殿のうちの一人。ドワーフ族の鍛治師が言った。
見ると、先ほどまでは気配もなかったはずの階段上部。その左右の壁から、骸骨騎士がワラワラと出現してきているのだ。
「挟撃されたっ!」
誰かが言う。
ククリカは隣のニャームゥをサッと自身の背の方に手繰り寄せ、状況を分析。
ここはまだ第三階層な筈だ。中級から上級ぐらいの冒険者ランクの者であれば、比較的生存率の高い階層であるはずなのに。モンスターハウス!?
ククリカ自身、こういった迷宮に潜るのは初めてであるが。魔導士長として、幾らかの情報は共有しているつもりであった。
その中でも、大量湧出トラップの報告は、もっと下の階層に限られていたはずなのだ。
異次元魔導を使えば、骸骨騎士で塞がった後方を蹴散らすのは容易い。しかし、魔王の配下に知られてもマズい。どうする。
「お師匠ぉ。ニャーがやりますぅ」
ニャームゥは師の袖を引っ張り、目を見てこくりと頷く。
弟子の成長はいつ見ても嬉しいものだ。同時に、いつか来る巣立ちに、少しの寂寥感を覚え。
ククリカは薄く笑う。
「ニャームゥ。頼めるか?」
「はいなぁー! もちろんですぅ」朗らかにそう答えたニャームゥの手には、すでに収納魔導から引っ張り出した魔導杖が握られている。
「火属はやめておけよ。酸素が薄くなるからな」
「氷結で行きますぅ」
ニャームゥはとても勤勉で、異次元魔導の習得の足しになるからといって。火水雷土木の、五行属性を上級レベル一歩手前まで習得している。
後方からの襲撃を破れれば、ニャームゥを抱えて安全な所までささっと逃げる。状況によって、そのままこの暁旅団ごと魔王の配下を葬る算段をしてもいいかもな。
そんな風に稀代の大魔導士は考えた。考えただけだ。
「いかん、挟まれとるぞっ。どうするベルート!」
「隊列乱すな! ダスタニャンと僕とで壁を作り耐えるから、どうにか後衛部隊が退路を作れないかっ!」
「ニャーがやってみますぅ」
「え、すごーいニャーちゃん! 見て見てみんな、ほらほらっー」
「分かった、頼むっ! イザーク、トンツク、シンダオは彼女を援護するんだ!」
殿三人が「おうっ」と威勢良く返事をする前に。
ニャームゥがそれを制する。
「いいえ、むしろ魔導の邪魔ですぅ。それよりも前からの敵を抑えて下さいぃ、前が突破されたらそれこそ難しいですぅ」
いつになく声を張ったニャームゥに対して、
「了解した! では全員でこっちを対応するんだ! いいなみんなっ!」と、ベルートは即座に対応してみせる。
意外と対処が的確で、若いながらも無鉄砲な事を職業と言い張っているだけはある。なるほど、それなりの経験はあるという事か。ククリカは彼らの評価を改めた。
しかし、どうして会ったばかりの他人をそんなに信用できるのか。そこはやはりまだまだ若いな。とも思う。
この時点で、ククリカ的にはベルートが魔王の配下である可能性は下がっている。
何故なら、若さというのはとても人間臭い。どんなに成りすましが上手かろうが、魔王の配下は人間には成れない。どこか違和感は出てくるものだ。
「みんなっ! ここが正念場だ! 踏ん張ってくれっーー!」
「きゃー、やだやだっベルートカッコよくなーい! みんな、リーダーの勇姿を見てっ! 応援して! みんな応援してっ」
一番なんの役にも立ってないアガスティアにライブ配信を止める気配は全く無い。そんな彼女に、暁旅団の面々は特に気にした様子もなく、それぞれがベルートの命令に従った。
眼前から迫り来るモンスターの群れ。
ベルートが「来るぞーっ」と、全身鎧をガチャつかせ大盾を構える。ダスタニャンも同様だ。
殿の三人が前衛へ合流し、大盾の二人を起点に左右に陣をとる。
ランプを持った一番先頭のロイは、
ここで何故か、
迫り来るモンスターの大軍に突っ込んだ。
「なっ!?」と、
間近で見ていた者達は絶句と共にみな目を剥いた。
明らかな自殺行為をなんの躊躇もなく実行すれば、それはもちろん驚くに決まっている。前衛のベルートを含め五人の男達は、「馬鹿なのっ!?」と思ったに違いないだろう。
唯一、男達の背に阻まれてロイの行動を目撃していないアガスティアを除いて。
「ろ、ロイくーーんっ!?」
素っ頓狂な声を上げたベルート。その呼びかけは虚しく迫り来るモンスターの大軍に掻き消されてしまったし、またロイの姿もモンスターの波の中へと消えた。
進軍は止まらない。
「くそっ! ダスタニャン、盾を前にっ! 彼はもうダメだ」
「おおよベルート。イザーク、トンツク、シンダオ! 気を取り直せ! 来るぞっ」
「おうっ!」と、残りの三人は雄々しく応答。
連携の取れた良いチームだった。
「え、なになにっ? どうしたのベルート?」
「下がれティア! モンスターが突っ込んでくるぞっ」
「きゃーーーーっ」
迫り来るモンスター達は、ロイが突っ込んだ事などお構いなしだ。
タンク役の全身鎧の二人は大盾を前方へ構え、対ショック姿勢で、モンスターの波を受け止める。
ゴッ――ッ!
大盾にモンスターが激突。
しかしギリギリで二人は耐えて見せる。その、一瞬の止まった隙をつき、左右方向からイザーク、トンツク、シンダオがそれぞれ自身の獲物でモンスター達を攻撃していく。
一人は大鎚で骸骨騎士の頭を潰し。
一人は短剣で獣人の足の腱を素早く斬って行動不能にし。
もう一人は弓で、ゲルスライムの核を的確に射抜く。
連携もさることながら、彼らは非常に戦い慣れている。
各個撃破で転んだり倒れたりしたモンスターは、それがそのまま次のモンスター達の動線を邪魔し、こちら側への攻撃の一手を遅らせるのだ。
そしてタンク役の二人がその機に乗じて一歩前へ。前衛を押し上げる。
圧倒的な物量の不利を、瞬間的にだが、チームワークと個々人の能力値が上回っていた。
と、ここで。
「はぁっ、氷結魔導弾!」
ニャームゥの力強い言葉が後方から聞こえる。
尖った氷の礫がニャームゥの眼前に無数に生まれ、それらが後方を塞ぐ骸骨騎士達の虚な光が灯る頭蓋へ降り注ぐ。
まるで絹でも切り裂くように、氷の礫は、骸骨騎士を容易く貫いた。
ククリカは弟子のすぐ後ろで、万が一ニャームゥが怪我しないように、強化魔導をかけている。優秀な弟子を誇らしく思う。
今すぐ抱きしめてやりたいがそれは我慢していた。
ニャームゥの実戦は、実は今日が初めてでもある。
骸骨騎士ぐらいでは物ともしない事実に、
稀代の大魔導士は顔を綻ばした。
ちなみに、前に居るはずのロイの事など微塵も気に掛けていない。




