十七話
ククリカは暁旅団の五人の男衆、そのうちの一人を目深に被ったフードの陰から盗み見る。
それは、ドワーフ族の鍛治師だった。
赤茶け痛んだ長髪を、ドワーフ族特有の三つ編みで所々結んで垂らし。手には身長ほどの大鎚。背の低さと反比例した恰幅の良さ。
どれも間違いなく、ドワーフ族特有の身体的、職業的特徴である。
名前はイザーク、トンツク、シンダオのどれかであるが、ちゃんとした自己紹介もなく今に至るので判然としない。
がしかし、おそらく名前はトンツクだろう。
それっぽい。語感的に。まずもって王国由来の名前ではない。
黒づくめのアサシン装束の男の装飾は、異国の銀細工――それも極東地方で見たことのある紋様なので、名前との親和性を考えると、シンダオで間違いないはずだ。
そうなると、消去法で残りがイザーク。弓使いのレンジャーという事だが、もしかしたら出身は北方の“寒空型大森林連邦国”なのかもしれない。
と、ここまで推理するククリカ。
トンツクが魔王の配下であると疑っているのに理由はあるが、確たる証拠があるわけではない。
今はまだ動くべきでないのだが、トンツクから目を離さず観察は続けようと考えた。
フードをさらに目深に引っ張り、どこかでさっさとロイに確認を取らなくては、と。ククリカは気配を消すように、暁旅団の面々の会話に耳をそばだてる。
「か、あっ、ろ……ロイ君。キミ、無事だったんだね。そんな、まさか。どうやって」
座っているのでロイを見上げる形のベルート。困惑と驚きの表情を浮かべている。
ダスタニャンに続く旅団のメンバーも、あんぐりと口と開けて同様の表情だ。
否――ドワーフのトンツクを除いて。
確かに一見、驚いている様に見えるが、その瞳はどこか落ち窪んでいて虚だ。芝居がかっている。ギラリと目を光らせるククリカは、内心で毒吐いた。
「どうやって? んー、普通に……倒しただけだよ、私は」
血に濡れたドロドロの臭い衣服を物ともせずに、ロイは淡々とそう言い放つ。
「倒したっ!? あの数をかいっ!?」
裏返った素っ頓狂な声――もはや悲鳴に近いそれが、ベルートの口からまろびでる。
「……いや、がはっ。いやベルート。そんな訳があるまい。ははっ、いやいやいや、あの数を単騎で凌げる者など、もはや伝説のSSランク冒険者、蒼穹の竜殺しに匹敵してしまうではないか。
――いやいや、それはないだろうっ。おおかた若者特有の、話を盛大に盛る類のものだ。話半分に聞くのだベルート。我々冒険者、映像なければ如何様に。それが鉄則であろう」
「あ、ああ……ダスタニャン。そう、だな。うん、すまない。少し取り乱した。確かに、この目で映像で確認するまでは信じるな、が鉄則だものな僕たちはっ」
まるで自身の正気を取り戻そうとするかの様に、ベルートは胡座をかいた両膝に、とんとんと拳を叩きつける。
ベルートとダスタニャンの会話は、ロイにとっては大分失礼な内容になっているはずだが。当の本人はそんな会話には全く興味がないようで、
「あー、そのククリ……あ、いや。プルリオねぇさんにニャー、替えの服とかない? だろうか」
ぺったぺった歩いて、ロイはククリカとニャームゥに近寄る。
「うっ、待て。それ以上近寄るなロイ」
ククリカはあからさまに袖で鼻つらを抑えて、残った方の手でロイを制す。
「うぅ〜、(くっさ)……ロイ様ぁ、着替えですねぇ。一応、ニャーの寒かった時用の羽織あるので、これ使っても良いですよぉ」
もちろん、これはもう要らないので後で捨てて下さいぃ。と、鼻を摘んだままのこもった声でニャームゥは応答。
そこから自身の小さいバックパックに手を伸ばし、取り出した羽織をロイに手渡した(実際は放って渡した)。
ロイはドロドロの軽装鎧上を脱ぎ、地面に捨てる。着込んでいたインナーも同様だ。
それからニャームゥに貰った羽織。女性用にしては大きめの羽織だったが、やはりロイの体には若干小さい。しかし仕方がないので無理やり着る。
肩まわりはパツパツだし、腹から胸部にかけて前が閉まらないので、そこも無理くり端と端とを強引に結ぶ。
それでどうにか一応着ている体を取り繕うのだ。
胸部は胸筋を強調するように開いてしまっていて、腹部は丸見え。女性物特有の花柄なのも含め、どこか陽気な観光客風の様相になった。サングラスでもかければ、いわゆる勘違い成金が出来上がるかもしれない。
それに関しては、誰も突っ込まなかった。
ロイの奇跡の生還から、一同はなんとか気を取り直し。これからを話し合う。
「んでんでー? メリル救出は続けるの? それとも一旦戻るー?」
アガスティアがベルートに投げかけた。
「うん。今、態勢を立て直す為に戻ってしまったら、メリルの生存確率は限りなくゼロになるかもしれない。それでなくとも、遭難から十時間以上が経過している。一刻の猶予もない。だから……」
苦々しくも、力強い眼差しをアガスティアに送るベルート。
「やだベルート、かっこいいじゃん。そうよねそうよね、メリル救出は今しかないわよねっ。みんなもそうでしょ? 今っ! 急なアクシデントに見舞われたからって、逃げ帰ってるようなあたし達を見たい奴、こん中にいるーーーっ!?」
アガスティアは自身のスマホにズズイと顔を寄せ、「いねぇーよなっ!」と、現在王国で若者に流行りの文芸書(その登場人物の有名なセリフ)から引用して雄々しく叫ぶ。
それから、
「見てっ」と、スマホをベルートに向けた。
「みんな……」
感極まったような声を発するベルートに。他の面々も次々とアガスティアのスマホの画面を覗く。
「同接五万人! 過去最多の同接人数じゃないかティア!」
ダスタニャンが声を荒げ、他の三人も大きく頷く。
もちろんこの際もククリカは、トンツクの挙動をしっかりと見ていた。(なんだこいつは。見れば見るほど動作が遅いし、周りの反応を見てから自分の反応を決めているような、そんな違和感。人を真似るのは大変か? 魔王の配下よ)と、ニヤリと笑う。
ベルートは静かに立ち上がり(鎧のガチャガチャ音はうるさい)。
「みんな、このまま進む。いいね? 降りたいやつは降りてもいい。ここからは命懸けだ。死ぬか……メリルを助け出せるか。その二択」
真剣な眼差して同調圧力を増していくベルート。自分にはどこにも非が無いと言わんばかりの、根拠のない自信を全身にみなぎらせた。
そんな若者が嫌いなククリカは心底反吐が出ると眉根を寄せる。
が、本来なら若造の冒険者ごっこ(多少なりとも優秀であっても)に付き合うことには全力で反対するし。勝手にやってろよ、というタイプなのだが。
魔王の配下の事もある。
これからもう一度準備するために、地上へ戻られた方が面倒だ。
遭難から十時間以上経過というだけで、ほぼメリルという冒険者の生存は絶望的なのに。戻ったら尚更なのは、ククリカも同意見。
行って戻ってを繰り返せば、トンツクがパーティを離れる可能性もあるだろう。
だから、
「私もベルートに賛成だ。メリルとやらの救出は、今しか無い。この機を逃せば助かる命も無駄になろう」
と、ある程度の誘導を仕掛ける。
「だよねだよね、プルリオねぇさん! 伊達におっぱいはデカくないね! あはっ」
アガスティアのあっけらかんとしたその言葉に、ククリカは誰にも見えないように、ギュッと拳を握って微量だが肩を振るわした。
近くのニャームゥはもちろん気付き、はわわと師に寄り添う。
ロイはといえば、
髪についた臭い血糊をまるで整髪料替わりに使い。
両手で髪を掻き上げる。
それは誰にも見られていなかったが、本人は血糊のオールバックを大いに楽しんでいるようだった。




