第一章 そうちゃんって、気づいたらいるよね。
桜が散り、葉桜に変わり始めた頃、
私には事件が起きていた。
学童に行きたくない事件。
三年生の子が、意地悪だったのだ。
ドッジボールでいつも狙われる。
鬼ごっこでは、いつも鬼。
小さなこと。
でも、毎日だと、すごく嫌だった。
ある日曜日の夜。
カレーを食べながら、私は泣いた。
「もう学童行きたくない!!
ちゃんとお留守番できるもん!!」
台所に立つママが、うーん、と困った声を出す。
そのとき。
「やっほー」
そうちゃんが、いつもの調子で入ってきた。
私の泣き顔を見て、目を丸くする。
「え、どうした」
りっくんが、カレーを頬張りながら言った。
「学童行きたくないって」
「あー……」
そうちゃんは、持ってきた野菜と、プリンを四つ、冷蔵庫に入れた。
それから、冷蔵庫に貼ってある時間割を指さす。
「五時間の日は、何時に帰ってくる?」
「三時過ぎには着くかな」
ママが答える。
「ふーん。じゃあ、五時間の日は帰ってこい」
「えぇ?」
ママが驚く。
「この時間からなら、二、三時間だろ?」
「そうちゃん!! いいの?!」
「五時間の日だけな。それ以外は、ちゃんと行けよ?」
「分かった!!」
「よし。じゃあ、ほら食べろ。そうちゃんが作った米だろ?」
「ありがとー、そうちゃん!」
こうして、そうちゃんは、またうちに来るようになった。
そうちゃんに言われた通り、五時間授業の日。
私はスキップしながら帰った。
ランドセルが背中で揺れる。
靴が、アスファルトを軽く蹴る。
家が見えた。
そして、駐車場には、黒い車。
胸が、ぱっと明るくなる。
走っていくと、車の前にそうちゃんが立っていた。
「おかえり〜」
「ただいま〜!!!!」
そうちゃんは、わざとらしく車のドアを開けて、
手のひらを向けた。
「どうぞ?」
私は笑いながら、助手席に飛び乗った。
行き先は、そうちゃんの仕事場。
そうちゃんは、農家だ。
車で五分くらいのところに、そうちゃんの家がある。
家に入ると、そうちゃんのお父さんが、私ににっこりと笑って、いらっしゃいって言ってくれた。
そうちゃんのママには、お線香をあげた。
ママからお仏壇にもご挨拶してねって言われてたから。
土のにおい。
風の音。
遠くで、カラスが鳴いている。
私は、お菓子を食べながら宿題をした。
そうちゃんは、うーん、と言いながら算数をのぞき込む。
「ここ、こうじゃないか?」
そう言って、指でゆっくりなぞる。
私は、ちょっと得意げにうなずく。
柴犬のサザナミジロウ。通称ジロちゃん。
誰がこんな名前をつけたんだろう、と毎回思う。
ジロちゃんは、しっぽを振りながら私の周りをぐるぐる回る。
一緒に畑のあぜ道を歩いたり、
走ったり。
転びそうになると、そうちゃんが後ろから支えてくれた。
そんなことをしているうちに、
空が少しだけオレンジ色になる。
「そろそろ帰るか」
そうちゃんが言う。
そうちやんのお父さんにお礼をいって、
車に乗った。
学童に行くより、ずっと楽しかった。
みんなは五時間授業の日が嫌いみたいだったけれど、
私は、五時間授業を待ち望んでいた。




