第七章 そうちゃんって、優しいね。
朝起きると、大輝から20件くらいメッセージと電話が来ていた。
それに既読だけつけて、返信はしなかった。
まだ落ち着いて話せない…と言うより、思ったより私の怒りが長続きしてなくて。けれど、いつもみたいにあっさり仲直りをするのは、なんだか違う気がした。と、言うより、怒りはおさまっているのに、胸のつっかえた感じが無くならない。
昼休み、なんとなく咲良と百合に昨日のことを話すと、2人が予想以上に怒ってくれた。
「え。なにそれ。ありえなくない?彼氏もかなり無神経だけど、その女が嫌。」
百合が淡々とズバズバ言う。
「ほんとそれ!しかも、その女、彼女いること知ってた感じでしょ?嫌な感じだよね。わざとじゃない?」
自分の怒りの炎が昨日のキャラメルラテで鎮火しかかっていた私は、2人の怒りを見て、戸惑う形になった。
「これはもう、すみれ。新しい恋だよ。」
百合が私に言った。
あ、そこまで行く?そこまで考えてなかったなぁ。
なんて言い出せない。
「それがいいよ!!誰かいい人いない?!」
咲良も大きく頷いた。
誰かいない?!って、ずっと大輝と付き合っていたからいるはずがない。
「んー。いないかなぁ〜。それに、まぁ、今回は大輝の不注意…?って事にするかなぁ。」
「そうなの?すみれ優しい。私は多分別れちゃう。」
百合がサラッと言った。
私は、今まで大輝としか付き合った事がなかったから、そこの基準がよくわかっていなかった。喧嘩をしても少ししたら、仲直りして元通り。
大輝と別れると言う事を考えた事がなかったし、大輝以外の人と付き合っている自分も想像出来なかった。
放課後、咲良と百合と駅に向かっていると、「米田!」と後ろから声がした。
米田とは咲良の事だ。米田咲良。
ちなみに百合は、古村百合。
私達は振り返った。そこには2年の頃同じクラスだった久保宏大がいた。
咲良と久保宏大は、同じ中学出身でそこそこ仲が良かった。その兼ね合いで、私もたまに話す男子だ。
「どうしたの?クボコ。」
咲良だけは、久保宏大のことを"クボコ"と呼ぶ。咲良の地元では皆んな"クボコ"と呼ぶらしいが、高校でこのあだ名は定着しなかった。
久保宏大は、元野球部で短髪がよく似合う爽やかで明るい男子。上に3人お姉さんがいるらしく、女子とも話しがよく合う。「だから、クボコなの?」と、聞いたことがあるが、あだ名はあくまでフルネームの省略であって、"クボ子"とかそう言うことではないらしい。
「いや、今度地元で集まるって言ってた。咲良にも声かけとけって言われたから。」
久保宏大は、私と百合に軽く「よっ」と手を挙げ、咲良に言った。
「そうなんだ。分かった。また、詳細決まったら教えて?」
「うん。分かった。」
「…てか、ちょっと待って!!すみれ!」
咲良が急に私の腕を引いた。
「クボコいいじゃん!!」
「へ?!」
急すぎて、変な声が出る。
「何が?」
久保宏大もなんの事か分からず、キョトンとしている。
「クボコ!すみれが彼氏と別れるんだよ!」
いやいやいや、誰も別れるとは。
「クボコ、前すみれの事タイプって言ってたじゃん!!」
「え?!」
「お、ちょ!おまえ!!!」
自分の顔がカァっと熱くなった。
けれど、私以上に久保宏大の顔が赤くて驚いた。
「クボコ!チャンスだよ!」
咲良は、続ける。
「待て待て!別れるんだよって、まだ別れてないんだろ?」
「でも、すみれの彼氏さん、女の子部屋にあげてたし。」
「え?マジで?」
久保宏大は、私を見た。
やだぁ、どんどん話しが大きくなるよぉ。
私が返事に困っていると、
「まだすみれも迷ってると言うか、昨日の今日だから、整理出来てない事も多いから。」百合がさりげなく助け船を出してくれた。
「そうなのか。でも…そんなの…悲しかったよな。傷ついたんじゃない?」
悲しかった…
そうだ。私…悲しかったんだ。もう怒っていないのに、大輝に返事が出来なくて、会いたくないのは、悲しかったから。傷ついたからだ。
咲良と百合と別れ、電車に揺られていると、メッセージが届いた。
相手は、久保宏大。
『今日は、急にごめんね。誰かに言ったりしないから安心して。彼氏さんに橘高の気持ち伝わるのいいな。俺で良ければ、いつでも相談乗るよ。』
弱っている時に、こう言う優しさは、ズルいなぁ。
『心配かけてごめんね。ありがとう。』
と返信したら、すぐに可愛いキャラクターのグットポーズのスタンプが送られてきた。
大輝からは、朝、おはようって来ていたのが最後だった。私からの返事を待っているのか。それとも諦めたのか。
このまま終わるのは嫌だけど、傷ついた気持ちを我慢して大輝に返事をする気にはやっぱりなれなかった。




