第七章 そうちゃんって、優しいね。
「明日から春休みです。課外はないですが、自分達でもしっかり学習するように。」
ホームルームを終えて、私はいつもと逆方向の電車に乗った。
向かったのは大輝の家。
少し前に引っ越しは終わったと連絡が来ていたのだが、どうも片付けが進んでいないらしい。
送られた住所を頼りに、見慣れない駅で降りた。
駅から5分ほど歩くと、白くて綺麗なアパートが現れた。2階に上がり、大輝の部屋の番号を探した。
「203…あ、ここか。」
ピンポーン。
インターホンを押すと、「はーい」と大輝の声がした。
ガチャ。
「いやー、助かります!」
私の顔を見るなり大輝は言った。
部屋の中は、ベットとテレビと段ボールが数箱。
引っ越してしばらく経ってるはずなのに、片付けた形跡がない。開いてすらいない段ボールもある。
「とりあえず、ここ3日くらい何してたの?」
私は怪訝な顔で大輝を見た。
「いやぁ、一昨日は地べたでマットレスはいい加減まずいなと思って、ベットを組み立てて力尽きまして。昨日はゴロゴロしてたら、バイトの面接の時間になって、帰ってきたら夜だったから、またゴロゴロして寝て。そんで、今日はすみれが来るから、簡単に買い物に行ってたら、この時間になった。」
「そうですか。」私はあからさまにため息を混じらせながら頷いた。私はカバンを置き、ブレザーを脱いだ。
「じゃあ、やりますかぁ。」
私はひとつの段ボールに手をつけた。
すると、「ちょっと休んでからにしようよ。」と大輝は私の手を引いてベットに座った。私も大輝の横に座る。
大輝は、私の髪を軽く撫でて、短いキスをした。
あのファーストキス以来、隙あらば大輝はキスをしてくる。実はずっとしたいと思ってたのかな?言い出せなかっただけ?だとしたら申し訳なかったなぁ。
なんて事を思いながら、大輝のキスを受け入れている。
でも、タイミングも雰囲気もお構いなしなのが、たまにどうかと思うよ。
「はいはいはい。分かったから!!」
私は大輝を押し退けて、ベットから立ち上がった。
「今日は、片付け!!いい加減片付け!!」
腕まくりをしながら、大輝に言った。
「へーい。わかりました!」
やれやれと言いながら、大輝はゆっくり立ち上がった。
誰の家だと思っているんだ。全く。
ブツブツ呟きながら、私は段ボールを開けた。
「あ、そうだ。これ。」
大輝が私の横にきて、手のひらをパッと開いた。そこには一本の鍵。
「これ、うちの合鍵。いつでも来て。」
合鍵…。
いつでも自由に来て良いよ。本命彼女の証。
付き合って5年になるのに、本命彼女じゃないわけがないのだが。
キスに合鍵に。なんだか急に大人な恋愛をしている気分になり、この時の私はすごく浮かれていた。
桜が満開になり、新学期が始まった。
「よかったぁぁぁ!!!」
咲良が私と百合の手を取り、ぶんぶん振る。
2年の中頃の面談で、私と百合は特進クラスを進められた。それを知った咲良は大慌て。
咲良を特進クラスに引っ張っていくべく、3人で猛勉強をした。
その甲斐あって、今年も3人同じクラスになれた。
特進クラスは、私が2年の頃に出来たもので、私達3人以外は2年からの持ち上がり。
部外者感が漂っていたが、3人一緒なら何も怖いものはなかった。
「ただいま〜」
玄関を開けると、そうちゃんの靴があった。
「「おかえり〜」」
ママとそうちゃんの声がした。
リビングに入ると、ママとそうちゃんが2人でキッチンに立っていた。
「何してんの?」
「あー、笹塚のおばぁちゃんからイチゴを山ほど貰ったんだけど、ちょっと酸っぱいからジャムにしてる。」
そうちゃんが、振り返って言った。
笹塚のおばあちゃんは、そうちゃん家の隣の家のおばあちゃんで、隣の家と言っても、そうちゃん家と笹塚のおばあちゃん家の間には、田んぼとか畑があって、回覧板を渡しに行って帰ってくるだけで10分ちょっとかかる。その笹塚のおばあちゃんはイチゴやらみかんやら、果物をたくさん作っていて、時々そうちゃん家にお裾分けにやってくる。
「すごい美味しそうよ〜」
鍋をかき混ぜながら、ママが楽しそうに言う。
「ふーん。」
楽しそうにイチゴジャムを作るママとそうちゃんの後ろ姿をしばらく眺めた。
もう、いい加減付き合えばいいのに。
「もう、いい加減付き合えばいいのに。」
頭の上から、自分の心の声が降ってきた。
「え?!」
振り返ると、りっくんが立っていた。
「あ、おかえり〜。え?何が付き合うって?」
そうちゃんが笑いながら言った。
「いや、母さんとそうちゃん。もういい加減付き合えばいいじゃん。」
りっくんは、サラッと言った。
私は言うのを我慢したのに、こやつはサラッと…
「んー…ふふ。」
ママもそうちゃんも微妙の反応をした。
ほらみろ。いらん事言うから。
困ってんじゃん。
「りっくん、ちょっと一緒にコンビニ行くよ。」
「え?俺用事ない。」
「無くても来るんだよ。」
2人で家を出て、コンビニまで歩いた。
「あのさ、りっくん。あんな事思っても言わなくていいんだよ。」
ポケットに手を突っ込んで横を歩くりっくんを私は肘で突いた。
「あんなこと?」
「『付き合えばいいじゃん』って。」
「だって、そうじゃん。」
「そうだけどさ?あるんだよ。2人の事情が。」
「母さんもいい歳だし、俺たちだってもう16と18だよ?」
「だから?」
「母さんもそろそろ自分の人生歩いていいんじゃん?」
「んー……」
私もブレザーのポケットに手を入れた。昼に咲良がくれたキャラメルの紙屑が指に触れた。
「でも、ママがそうしたいって思ってないんじゃない?」
『ママはママで居たいんだよ。』
昔、そうちゃんが言っていた言葉を思い出す。
「ママはまだママで居たいんじゃない?」
私はポケットの中の紙屑を指でいじりながら言った。
「ん?そうちゃんと付き合っても母さんは母さんだろ。」
りっくんは、首を傾げて続けた。
「俺はずっと母さんと一緒には居てあげられないからさ。すみれだって母さんとずっと一緒に居れるわけじゃ無いでしょ?俺は、そうちゃんと母さんが付き合ってくれた方が、安心だけど。」
りっくんの言ってる事も分かった。
けれど、
『好き=付き合う。じゃないんだよな。』
そうちゃんが言っていたこの言葉が、ママ達の関係で。2人がそれでいいなら、いいじゃないか。
なんて思ったり…。
外は薄暗くなってきて、春の夜風は冷たいけれど、どこか優しさを感じる。静かに周りを見て、ぶっきらぼうだけど相手を思っている言葉を発する。今のりっくんみたい。
ポケットの中のキャラメルの紙屑が、私の体温でふやけていく。それを指先で丸めながら、私は歩き続けた。




