第五章 そうちゃんって、聞き上手だよね。
「とりあえず、塾には行きなさい。」
夕飯を食べながらママが言った。
カコも行き始めたしなぁ。
高みを目指せってオトヤンも言ってたし。
「うーん、分かった。カコが塾に行き始めたから、聞いてみる。」
「うん、そうして。」
「すっちゃん塾行くの?」
りっくんが言った。
「今日、面談でX高とかR付属とかを進めてもらったのよ。」
ママが答えた。
「へー、R付属ならそうちゃんの後輩になるね。」
りっくんが味噌汁をすすりながら言った。
「え?!そうちゃんR付属卒なの?」
私は、驚いた。
「卒どころか、そのままエスカレーターでR大出てるよ?」
「あれでも、総一、頭いいのよ。」
ママが言った。
「そう言うママはどこ卒なの?」
りっくんが聞いた。
「ママは…。いいのよ!ママの事は!」
全てを察した私たちは、「ふーん。」と返事をした。
「扉が開きます。ご注意ください。」
遠くでアナウンスが聞こえた。
ちらほらと人が現れ、改札を抜けていった。
そして、その中から頭半こ分飛び出た大輝が、大股でゆっくりと歩いてきた。
大輝は中3から、凄い勢いで背が伸びた。
180cmちょっとあるらしい。
片耳だけイヤホンをし、スマホをいじりながら歩いてくる。
私には、まだ気づいていない。
「大輝!」
声をかけると、スマホから顔を上げて、
「おう!」と手を挙げた。
改札を抜けた大輝は、イヤホンをクルクルと巻きながら私の方に歩いてきた。
「どうした?珍しい。」ニコッと笑った。
この暑さの中、毎日外で練習しているせいで、会うたびに黒くなっている。やけに歯が白い。
「うん、実はね…ジャーン!」
私はポケットからスマホを出して見せた。
「え!!ついに!買ってもらった?!」
「ついに買ってもらいました〜」
「えー!よかったじゃん!LINEは入れた?」
「LINE?何それ。なんかよく分からなくて、使い方教えて欲しいの。」
「いいよ!行こ!」
駅の横にある商店街のベンチに私達は座った。
大輝は私のスマホをサクサクと動かして、必要な設定をしてくれた。
「なんで急に買ってもらえたの?」
スマホを見ながら大輝は言った。
「塾行く事になってさ。」
「そゆこと?でも、N女子行くのに塾必要?すみれの成績なら余裕なんじゃん?」
大輝の親指が、滑るように画面を動かす。
「実は、この間の面談でX高校とかR付属を考えてみないか?って言われてね。」
「え。」
大輝の指が止まった。
私は、大輝の顔を見た。
固い、少し険しい。そんな表情に咄嗟に「やばい。」と思った。
「まだ分かんないよ?X高もR付属も、模試判定はまだ合格圏じゃないし、結局間に合わなくて、N女子に行くってなるかもしれないんだけどさ。」
早口になりながら、私は続けた。
「あー…うんうん。いや、なるほどね。それで塾なのか。」
大輝は素っ気ない返事をした。
そして、黙ってスマホを動かし、「はい。出来たよ。」と私にスマホを返した。
「ありがとう…」
「うん。」
大輝の冷たい返事に耐えられず、「ごめん…」と呟いた。
「なにが?謝る事じゃないよ。」
「でも…。」
「そろそろ、帰るか。送るよ。」
そう言って、大輝は立ち上がり先に歩き出した。
私は大輝の少し後ろを歩いた。
大輝はまっすぐ前を見て、黙って歩いていた。
アパートに着くと、
「じゃあ、また連絡するから。」
大輝は自分のスマホを軽く振った。
「うん、分かった。ありがとう。」
「ん。」と軽く返事をし、私に背を向けた。
私は、いつものように、その背中が見えなくなるまで見送った。
でも、いつもみたいに大輝が振り返ることはなかった。




