ため息の、その髪の毛にかかるとき/リリア
「ふふふ。エリック様って、ものすごくやきもち焼きなんですね」
「……………………」
沈黙をもって答える顔が、羞恥に包まれている。
「すごく嬉しかったです。いつも物腰柔らかで優しいエリック様があんなに妬いてくださるなんて」
ふふふ、と私はほんの少し意地悪く笑う。さっき、めちゃくちゃ恥ずかしかったキス未遂事件のお返しだ。
「大丈夫ですよ、私はエリック様以外の男性をかっこいいと思ったこと一度もないです! エリック様が嫌なら、お父様にも指一本触れさせません。お父様、泣いちゃうかもなあ」
「リリア、僕をからかってるだろう」
ニヤニヤと笑う私に少しだけ、怖い顔をする。真っ赤だから全然迫力がないけれど。
多幸感でいっぱいの私は、さっきまでの色気ダダ漏れエリック様を思い出した。してやられた分、ちょっとからかったってよいと思う。
◆◆
キスされる。
そう思って、目を瞑ったら良いのか息を止めればいいのか、ややパニックに陥った私の顔を通り過ぎて、エリック様の顔が肩に落ちた。
いや今、完全にキスの流れー!
危うく目を瞑るところだった。
恥ずかしさと肩すかしとで、崩れ落ちそうだった。
拳を握りしめて、軽く自分とエリック様を呪う。
しかし、乙女の私が萌えている。背の高いエリック様が肩に額を乗せてるの、めっちゃ萌える。ぐっと昂る。
呪いながらときめいてるという謎の状態に混乱しながら匂いを嗅いでいると、エリック様が離れようとした。
ほんの少しだけ、ホッとした。
例えばこのまま囁かれでもしたら、終わってた。
好きな人の声はただでさえときめき指数が高いのに、そんな至近距離で囁かれたら完全に心臓がオーバーワーク。今生こそは長生きしたい。
しかし心臓は、止まりかけた。
耳元に唇がそっと近づき、少し掠れた声が耳からお腹にまで響く。
「もう他の男に触れられては、ダメだ」
ぎゃー!
ぞわぞわぞわっと背筋に電流が走る。とどめとばかりにため息が首筋に当たり、興奮が体を駆け巡る。
そして私はこの世で一番幸福な石像と化した。
その後のときめきのフルコンボに、有頂天になった私は暴走し、エリック様の制止も聞かずに告白をした。
ぷしゅ、とエリック様から音がした、ような気がした。
先ほどから赤かった顔がもはや天狗のように真っ赤になって、口元を片手で押さえている。そのまま下を向くエリック様の顔を覗くと「わっ」と驚かれた。ラッキースケベに遭遇した少年みたいな反応だ。かわいい……。
笑ってはいけないと思うのに、頬が緩む。これはもう仕方ない。あの絵心以外は完全無欠のハイスペキラキラ男子のエリック様が、私めに嫉妬をしてくれた! しかも、ちょっと……いや、結構強めの嫉妬だった。祝砲あげたって良いくらい。
◆◆
そんなこんなで、恥ずかしさや嬉しさで少々アドレナリンが暴走した私はエリック様をからかった。
「……嬉しそうだな」
嬉しいです!
私の抑えきれない笑みを見て、困ったように笑ってる。超かわいい。好き。
そういえば、嫉妬するとは言われたけれど、好きだとはまだ言われていないな。聞きたいなと思ったけど、エリック様から言われてみたい。え、というか、私のこと好きだよね?
エリック様の顔を見る。
菫色の瞳が優しく細く弧を描いて、あ、大丈夫だ。なぜかわからないけど、そう思った。
この人は、きっと私を好きでいてくれている。
多分、すごく。
そう思うと同時に、エリック様が口を開いた。
「婚約破棄を申し出た僕がこんなことを言うのは、本当に虫が良すぎる話だが……リリア、君が好きだ」
真っ直ぐに見つめられると、胸がいっぱいになる。今言われた言葉がじんわりと、けして尽きない泉のように体を幸せで満たしていく。
九割九分の期待が確信に変化して、なんだか泣きそうになってしまった。
◇
私とエリック様は、テラスの椅子に腰掛けて話し始めた。会場からは音楽が流れ、月明かりとランプの光が淡くゆらゆらと辺りを照らしている。夢の中の世界のようだ。記憶を取り戻してから、間違いなく今日が一番嬉しい。
「会場に戻らなくて良いでしょうか」
「挨拶はもうすませたし、大丈夫だろう」
さっきまでのヘタレたエリック様はどこへやら、長い足を組み優雅に笑うエリック様は、幸せいっぱいの甘い顔で私を見ていた。
最初私を見ていた時の、あの酷い視線とは全然違う。半年強でここまで変わるとは、人生とは何があるのかわからない。
と考えていたら、むくむくと疑問が湧いた。
「……あれ、でもエリック様の好きな人ってミステリアス? な方なんですよね。私、割と対極的な人間じゃないでしょうか」
「いや、僕には君が何を考えているのかわからなかった。婚約破棄を告げた後、君はがらりと変わっただろう? あの辺りから。……いや、最初からか」
なるほど、そうなるのか……。
確かに、急に人格が変わったら何考えてるかわかんないなって思うかも。
『心入れ替えました』みたいな軽いノリですまされるようなレベルの変わり様ではないもんなあ。
近くでリリアを見てきたエリック様なら余計混乱するだろう。
「じゃあ、本当にエリック様は私が好きなんですね……」
照れに照れて、またもやニヤニヤ笑っているとエリック様がほんの少し恥ずかしそうに、けれどもすごく愛おしいものを見るような顔で頷いた。おおう……。
恥ずかしさに居た堪れずニヤニヤしてる私を見て、エリック様の顔が、なぜか曇った。





