君にはかなわない/エリック
ウォルターとリリアが踊っている姿を見たときーーいや、並んでいる姿を見たとき、思わず拳を握りしめた。
目の前の王女が首を傾げる。いつも自分を慕ってくれる愛らしい少女だが、今日この時ばかりはーー不敬ながら、煩わしかった。
しかし、王族を無碍にするわけにもいかない。
体の内側に滾る激情を抑え込むために奥歯を噛み締めた。平静を装い、笑顔を作る。けれどウォルターとリリアからは目を離せなかった。ウォルターの、一つに結った長い銀髪が揺れる。目障りで、たまらない。
そうして音楽が終わりそうな時、ウォルターがリリアの耳元に唇を寄せ、何事か囁いている姿を見た。頬を赤く染め、嬉しそうに微笑むリリアの姿も。
もう我慢ができなかった。
呆気に取られている王女に向かって笑顔を作り、近くにいた弟のアーサーを無理に押し付けた。二人は仲が良い。王女の気分を害さないよう、うまく弟が振る舞ってくれるだろう。
声をかけた時、リリアがやや不安そうな顔をした。
感情に任せてリリアを傷つけないよう振る舞ったつもりだが、全く冷静になれない。さっきのリリアの嬉しそうな顔が、焼き付いて離れない。
◇
テラスについた時、リリアは不安そうだった。
けれど気遣う余裕がない。先程アンバーが触れていた背も腕も、息が届いた耳や髪も、自分が余すところなく全て触って、上書きしたくてたまらない。
リリアの頬を、包み込むように手を当てる。ぴくり、と動く顔が驚きに満ち、赤く染まる。信じられないほど滑らかな柔らかい頬を指先だけで撫でる。その顔が驚きと期待に揺れているように見えるのは、気のせいだろうか。
少し開いた、瑞々しい唇に、誘われた。
(この唇も、僕のものだ)
エリックが顔をほんの少し近づけると、漂う百合の香りに興奮で体がくらくらとした。
そのまま顔を落とそうとした時、リリアの睫毛が揺れたような気がした。
「…………」
腹の底でうずまく欲望を、ギリギリで押し留め、エリックはリリアの肩に額をのせた。体温で温められたリリアの匂いがふわっと香る。ウォルターもさっき、この香りを嗅いだのだろうか。またキリキリとした嫉妬が身を包む。
リリアの耳元に唇を寄せた。
「もう、他の男に触られてはダメだ」
はあ、とため息をつくと、リリアの体が微かに震えた。
◇
会場から三曲目の音楽が流れてきたところで、ハッとしリリアから離れた。そんなに長くリリアに触れていたわけではなかったが、顔を見るとリリアは真っ赤な顔で石のように固まっている。
「すまない。断りもなく、女性に触れるなんて」
「い、いいえっ……お、お疲れ遊ばされてるようで! 大変ようございましたかと!」
動揺している。動揺させたのはエリックだが、あたふたしているリリアを見ると冷静になる。自分は何をしようとしたのか。すんでのところで思いとどまってよかった。
初めてのキスが、嫉妬にかられたものであって良いはずがない。思いが通じ合ったわけでもないのに、そんなことをしたら犯罪だ。
しかし嫉妬してることを本人に堂々と女々しくも伝えてしまった今、消えてしまったほうが良いかもしれないと、エリックは羞恥で死にかける。
「嫌な気分にさせてしまったな、申し訳ない。謝罪ですむことではないが……。二度とこのようなことはしない」
思いが通じ合うまでは、と未練がましく心の中で付け足す。
「いっいっ……いえ、ご褒美です! エリック様にやきもちを焼いて頂いたのかと。はははっ。いやいや。そんなわけが、ないですね!」
リリアが焦ったように首を振った。
「失礼しました。冗談です。体調が悪いのですか? 今日はもう」
「嫉妬だ」
半ば自棄になって、エリックは言った。驚くリリアの目を見据える。自棄ではあるが、ずっと伝えたい言葉ではあった。
「ウォルターと踊っている君を見て、腹立たしくて仕方がなかった。他の男が君を見るのも不愉快だった」
リリアが絶句している。これ以上はやめておけと心のどこかが叫んでいるが、エリックに止めることはできなかった。
「リリア。ウォルターにどこを触られた?」
「えっ、いや、あまり覚えてないですけれど、ダンスを踊る時に、常識の範囲内で」
「君に触れたこと自体が、嫌だ。それに君は囁かれて嬉しそうに笑ってた」
「いやいやいや! あれは違います……!」
「何が違う? 何が嬉しかったんだ?」
ウォルターへの嫉妬で口が止まらない。なるようになれと、エリックは今夜失恋を覚悟した。
「どんな話をしたんだ? ダンスの時も笑っていた。僕といる時、君はいつもどこか緊張してるのに」
「エリック様……」
リリアが、どこか呆然としている。そこまで言って、自分が心から情けなくなった。貴族の義務のダンスすら不快だと、恋仲でもない女性に告げている。
「……悪かった、今のは忘れてくれ。もう会場に戻ろう」
会場に戻ろうとリリアに背を向けると、後ろからコートを掴まれた。
「待って、ください」
振り向くと、リリアがまっすぐにエリックを見上げている。
「アンバー様は、私たちが愛し合っているとか、エリック様は私を大事にしてくださってるとか、そんなお話をしてくださいました。そんなことはないと思いながらも、嬉しくて」
月明かりに照らされるリリアは少し恥ずかしそうに、嬉しそうに、でも真剣な顔で続ける。
「す、好きな人の側は緊張します。可愛いと思ってもらいたいし、やきもちも焼いてもらいたいし、好きだと思ってもらいたい……」
「リリア……ちょっと待ってくれ」
「待ちません。エリック様、好きです!」
ぷしゅ、と自分の体から気が抜けた音がした。ずっと、そうだったらいいなと願っていたことが、叶った。
どんどん熱くなるエリックの顔を、キラキラした瞳でリリアが見る。
(ああ、この、世界で一番可愛い女の子が、僕を好きだと、)
途方もなく幸せだと、泣きそうな気持ちでリリアを見た。





